ヒゲの大先生の自陣飛車 升田幸三vs大山康晴 1957年 第8期九段戦 第2局 第6局

2022年06月22日 | 将棋・好手 妙手
 つまり、升田幸三は偉大なのである。
 
 升田幸三九段と言えば、大山康晴十五世名人とは宿命のライバル関係にあり、「三冠王」の実績や、
 
 
 
 といった画期的新戦法で「升田幸三賞」に名を遺す昭和の大レジェンド。
 
 その強烈なキャラクターや、ユニークな語録の数々など「ヒゲの大先生」と親しまれ、現役時代はマスコミによる有名人の人気投票で2位を獲得する人気ぶり。
 
 そのときの1位が「フジヤマのトビウオ」こと古橋廣之進というのだから、今で言えば大谷翔平選手や羽生結弦選手と肩を並べるという、まさに藤井聡太クラスのフィーバーを起こす人気者だったというのだ。
 
 たしかにそれが理解できるのは、ヒゲの大先生の将棋がメチャクチャに魅力的だから。
 
 それも、大山名人のような「玄人好み」な渋い指しまわしではなく、われわれ素人にも一目でカッコよさがわかるという、とにかくのある将棋なのだ。
 
 並べてみると、実感できるんですよ。そら、人気も出るはずですわ!
 
 こうして、時代を問わず多くの将棋ファンを引き付ける「升田幸三」。今回は、その偉人の名手を味わっていただきたい。
 
 

 1957年九段戦(今の竜王戦)は、升田幸三九段(名人・王将)と大山康晴前名人(かつては名人を失って無冠になった棋士のことを「前名人」と呼ぶ変な気遣いがあった)との間で争われた。

 升田と大山といえば、戦後の将棋界を牽引した二大巨頭だが、升田を敬愛し、一方で『大山康晴の晩節』という著書もある河口俊彦八段によると、

 

 「この2人はライバルと呼ばれているが、七番勝負でたとえれば、升田が歴史に残るすごい絶妙手でひとつだけ勝ち、残りの4番はすべて大山が勝ったようなものだろう」

 

 たしかに戦績では大山96勝升田70勝とさほどはなれている印象はないが(勝率なら大山の0.578)、これがタイトル戦になると大山から見て、シリーズ15勝5敗とトリプルスコアになっている。

 この年の九段戦は、まさに「升田が絶妙手で1勝」した時期の戦いで、史上初の「三冠王」に輝き、王将戦では大山康晴名人を指し込んで、

 

 「名人に香車を引いて勝つ」

 

 という空前にして絶後の伝説を打ち立てた、まさにそのころ。

 ちなみに「指し込み」とは、王将戦で3つ以上星の差が開くと、負けているほうが「香落ち」の下手で戦わなければならないという、とんでもなくキビシイ制度。

 

 「おまえザコだから、もう駒を落としてもらえよ」

 

 たとえば前期、藤井聡太挑戦者が渡辺明王将4連勝のスコアで奪取した。

 昔なら第4局で、渡辺は藤井相手に「香を落としてもらって」戦うという、とんでもない屈辱を余儀なくされるはずだったのだ。

 ちなみに、この制度はあまりに過酷ということで、なんとなく指されなくなったが、制度自体は残っていて、だれかが「やらせろ」と主張すれば、今でも実現する可能性はある。

 升田と大山の勝負では、その香落ちすら升田が勝ったのだから、このころの大先生は神がかっていて、大山は

 

 「なぜ、こんなに弱くなってしまったのか……」

 

 身も世もなく泣き崩れたというが、その後、捲土重来をはかり(これがすごいよ……)、逆襲を開始したところで、つまりは両者がもっとも拮抗した状態で指していたころともいえるのだ。

 升田が先勝でむかえた第2局で、まず、すごい手が飛び出す。

 大山の中飛車に、升田は▲46金とくり出す、なつかしい形で挑む。

 升田が▲35金と出て押さえこみを図ったところ、大山は強く△同飛と取って、お返しに△73角と飛車のコビンを攻める。

 

 

 

 駒得ながら、飛車の逃げ場所がむずかしく、また後手陣は飛車の打ちこみに強い形。

 後手がさばけているようで、観戦していた棋士やファンもそう見ていたが、ここで升田がちょっと思いつかない手を披露する。

 

 

 

 

 ▲38飛打が見たこともない自陣飛車。

 こんな位置で飛車が2枚並ぶなど、ふつうはありえないというか、苦しまぎれかウケねらいにしか見えないが、これぞ升田の才能と独創性を見せつけた絶妙手なのだ。

 △28角成なら、▲同飛で先手優勢。

 

 

 飛車のコビン攻めという主張点を失った後手は、持駒の飛車の打ちこむ場所もなく、こうなると角金交換の駒損だけが残ってしまう。

 これはイカンと、大山は飛車を取らず、一回△32金と守ってから△65金と玉頭からからんでいくが、2枚の飛車の守備力で丁寧に面倒を見て、升田が勝ち。

 勢いにのった升田は、その後3勝2敗と防衛に王手をかけて、第6局に突入。

 カド番の大山は四間飛車に振ると、玉頭銀をくり出す積極策を見せる。

 升田は3筋から仕掛けて飛車交換の大さばきから、むかえたのがこの局面。

 

 

 

 と金ができているのが大きそうだが、先手も玉頭がすずしいのが気になる。

 並の発想なら、とりあえず飛車▲31とか▲22に打ちこんで、そこから考えそうなところだが、升田はそのはるか上を行くのだ。

 

 

 

 

 

 ▲28飛と打つのが、「升田の自陣飛車」第2弾。

 たしかに、ふつうに▲31飛とかでは、後手も△27飛とかから桂香を拾って、△76桂とか、△84香から△75桂という攻めが怖いけど、それにしたって指せない手ではないか。

 升田からすれば、これで飛車の打ちこみを消せば、後手に手がないと。

 言われてみればそうかもしれず、放っておけば次に▲32と、から▲21飛成で完封勝ちペース。

 あせらされた大山は△16歩とアヤをつけにくるが、▲32とからと金を活用し、以下、後手があばれてくるのを、しっかり面倒を見て勝ち。

 これで、見事に「三冠王」をキープ。

 この自陣飛車2発はどちらも、なんともオシャレな手であり、

 

 「この飛車打ちで、升田の勝ち」

 

 そう胸を張るヒゲの大先生の姿が、目に浮かぶようである。カッコええなあ!

 

 (升田の受け編に続く)

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コメント (2)
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