青い鳥の世界へ

人として厳しい中で生きていかなければならない中、少しでも良い世界になったら。そして、より明るく、清らかに、暖かく。

短歌 333.

2011年12月01日 | 短歌に政治や社会

★ 一時の 一期一会は 常なりき
    新たな一会 善の道行き   2011/12/1

一期一会は、繰り返し常に行われていく。この一つの後の「一期一会」の後、「生まれ変わり死に変わり」して行く時、新たな一期一会を正しき一期一会としていかなければ、人生は迷えることとなる。

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信仰の本質

2011年12月01日 | 宗教観

宗教的真理は、音楽や美術における価値と同様の本質を持つ真理である。それは、科学におけるように万人が認めざるをえないような質の真理ではない。

したがって、宗教的真理は、各人が各人の度合いに応じて開示される真理である。

 

すべての事は「直観」によって大原理を握ることが基本中の基本になる。

人が何を直観したかで人生が決定する。

全宇宙は、神の霊に支えられて存在している。我々は信仰によって、この神の霊、神の生命に触れる。

そして、信仰によって神の霊に触れてこそ、我らの内奥の魂に本当の喜びを味わうことができるのだ。

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上記にある「音楽や美術における価値と同様の本質を持つ」という事は、「音声として聴くもの」とか、「眼で見て感じるもの」ということではない。
単に「聞くもの、見る者」でしかないならば、その事によって快さを感じるだけのものでしかなく、云ってみれば「体の耳で聞き、体の眼で見る」だけのものでしかないものになる。
ここで云う「価値と同様の本質」とは、「心の耳で聞き、心の眼で見る」ことにあり、そして単なる「受動姓」に囚われることなく、「心の耳や目」で受け取った価値から、「生命の本性」に目覚めることにある。
これが「直観」でもって、受け入れられる「全宇宙の霊」であり、「生命の本質、本性、天性」である。
この「全宇宙の霊」であり「生命の本質、本性、天性」は、「全宇宙の内に宿る」我々の内面に既に持つものであり、内在している。
いつもの我々は、この内面に持ち内在している「全宇宙の霊、生命の本質、本性、天性」を、「欲心、不平不満、愚痴」に覆われていて体を現わさないでいる。これを信仰によって、自分の内面に内在している本性を呼び覚ますという「能動性」が必要になる。

「能動性」は即ち、「自我を放棄」し、「欲心、不平不満、愚痴」を放棄して膝まずく事でしかできない。
「膝まずき」、そして何の他意も無く受け入れるという「受動性」のもとに、信仰に目覚め、神や仏の本性と本質に触れ、「霊」と一体化していく。

 

 

 

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