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今回ご紹介するのは「サーカスの夜に」(著:小川糸)です。
-----内容-----
離ればなれになった両親とかつて一緒に見たサーカス。
忘れられないその不思議な世界の一員になることを目指して入団した少年の前に現れる、自由で個性の強い人々。
クラウン、ピエロ、ブランコ乗り、ジャグラー、そして美味しいお菓子やスープを作ってくれるコック。
少年は少しずつ綱渡りを学んでゆく。
心躍る物語。
-----感想-----
小川糸さんの作品は初めて読みました。
語り手の「僕」は13歳。
生まれつき深刻な病気を患っていて、その病気は薬のおかげで治ったのですが、薬の影響で体が大きくならなくなってしまいました。
年齢は13歳ですが体の大きさは10歳くらいです。
両親が離婚しどちらも「僕」を引き取らなかったため、「僕」はグランマ(祖母)と一緒に暮らしていました。
ある日「僕」は「レインボーサーカス」というサーカス団に興味を持ちます。
13歳の誕生日、お祝いをしてくれたグランマとアパートの一階のタバコ屋のおじさん二人の前で「僕」はレインボーサーカスに入団したいという思いを伝えます。
これを聞いたグランマは猛反対。
「あそこは、いかがわしい人間が集まる卑しい場所だよ。人さらいの集団に自分から飛び込むなんて、そんな馬鹿げた真似…」と言っていました。
しかし「僕は、小さいからサーカスに入りたいんだ。一生、チビだからだよ」と言う主人公の決意は固く、レインボーサーカスに向かっていきました。
「僕」がレインボーサーカスで最初に世話になったのはローズとトロ。
二人は付き合っていて、「僕」がレインボーサーカスの敷地内で倒れているところを助けてくれました。
敷地は「番外地」にあり、団員達はそれぞれ野原に「箱」と呼ばれる移動式の住居を設営して暮らしています。
「僕」との会話の中でローズの両親もローズがサーカス団員と結婚すること、さらにはサーカス団に属すること自体に反対しているとありました。
グランマと同じ反応で、どうやら世間的にサーカス団は快く思われていないようでした。
これには「サーカスを見るのは良いが自分の関係者がサーカス団に属するのは嫌」というタイプと、「サーカス自体が野蛮で嫌」というタイプがいるかと思います。
水物の職業なのでそういった目に晒されることが結構あるようです。
ふと石原慎太郎元東京都知事がオーディションに合格した大道芸人に免許証を発行して公共の場での大道芸を正式に認め、大道芸人の地位向上を目指していたことを思い出しました。
レインボーサーカスの団長に「入団させてくれ」と直訴した「僕」は「まずはレインボーサーカスを見て感想を言ってみろ」と言われます。
「僕」はしばらくの間コックのところに身を寄せることになりました。
コックは団員達の食事を一手にまかなっている人です。
またコックによるとレインボーサーカスは家族経営のファミリーサーカスで、団員にはいとこやはとこ、兄弟、姉妹、おじさん、おばさんの間柄の人がたくさんいるとのことです。
ちなみに団長はトロの父親です。
年末にクリスマス特別公演が行われ、ここで「僕」は初めてレインボーサーカスが行うサーカスを見ることになりました。
空中ブランコ、その空中ブランコと空中ブランコの間を飛翔する名物ペンギン、椅子をどんどん高く積み上げてその上に立つ老人、綱渡りなど、レインボーサーカスは命綱を付けないため命懸けのショーになるものがいくつもあります。
「僕」は特別公演を見てその素晴らしさに感動しました。
クラウンとピエロの違いは興味深かったです。
トロがピエロの格好をしていたので「僕」がローズに「トロってピエロの役だったんだね」と聞いたところ、「そうよ、少年。でも、正確にいうと、トロがやっているあの役は、クラウンっていうの」と言っていました。
クラウンは道化のことで、バカ、のろま、田舎者、おどけ者といった役回りとのことです。
ピエロはクラウンの一種で顔に涙のマークが入っていたらそれがピエロの証で、クラウンより更にバカにされる要素が強いボケ役とありました。
涙マークはバカにされながら笑われている心の悲しみを表す印とあり、単に笑われる役どころに見えるピエロも実は奥が深いなと思いました。
サーカス団員になれるかどうか不安になっている「僕」にローズがかけた言葉は印象的でした。
「少年、あなたが想像できることは、実現できることよ。道は、自分で切り開くものなんだから!」
私はこれを見て、漫画「ONE PIECE」に出てきた物理学者ウィリー=ガロンの言葉「人が空想できる全ての出来事は起こりうる現実である」が思い浮かびました。
全体での意味は違いますが「思い描いたことが現実になる」という点での意味は同じです。
そして「僕」の場合、思い描いたことは、実現させるべく努力すれば、実現できる可能性は充分あるということです。
やがて「僕」は入団を認められ、まずトイレ掃除を担当することになります。
コックの手伝いも引き続きやっていて、「オニオングラタンスープ」が出てきた時に「これは美味しそうだな」と思いました。
またレインボーサーカスには「リングリングドーナツ」という、団長の奥さんであるマダムが作っている名物ドーナツがあります。
これも食べてみたいと思いました。
ちなみに温度計がマイナス30度を示すシーンがありかなり寒さが厳しいようで、そうなると作品の舞台はロシアのほうかなと思いました。
物語が進んでいくと、今まで「僕」のことを小僧としか呼んでいなかった団長が「少年」と呼んでくれるシーンがあります。
こういうシーンが出てくると物語が変わっていくのだろうなという予感がします。
やがて団長にトイレ掃除とコックの手伝いだけではなく技の練習を始めることを認められます。
レインボーサーカスは巡業ごとに名前をよく変えていて、その中の一つに「太陽サーカス」という名前があります。
太陽サーカスは「僕」も過去に見たことがあってその時のことを団長に話すのですが、なぜか団長はその話題に乗り気ではなく、太陽サーカスに嫌な思い出があるようでした。
過去にどんなことがあったのか気になりました。
レインボーサーカスはたくさんお客さんが来ることもありますが、ガラガラになってしまうことも多いです。
「僕」はそのガラガラぶりにショックを受けていました。
コックが「落ち込んでいる時は甘い物を食べるのが一番いい」と言っていて、これはそのとおりだと思いました。
甘いものは気分をホッとさせてくれます。
レインボーサーカスの宿敵として「スーパーサーカス」というサーカス団が出てきました。
場末のサーカス団であるレインボーサーカスと違ってスーパーサーカスは超一流のサーカス団であり、チケットの料金も比べ物にならないくらい高いです。
予期せぬ形でスーパーサーカスのプレミアムチケットが手に入り、偵察をかねて「僕」がスーパーサーカスを見に行っていました。
たしかに規模や設備はスーパーサーカスのほうが断然上ですが、スーパーサーカスを見たことで「僕」はより一層レインボーサーカスへの思いを強くしていました。
物語が進んでいくとある事故によってレインボーサーカスは窮地に立たされます。
お客さんの入りもどんどん減っていきました。
さらに団長とレインボーサーカスの花形団員の対立も起き、苦しい状況になりました。
この作品では過去を振り返る時に一人、物語が進んでいく中で一人、合計二人の人が亡くなっています。
過去のほうは良いのですが、物語が進んでいく中で亡くなった人はだいぶ唐突だなと思いました。
私はこの場面を見て、綿矢りささんが第130回芥川賞を受賞した時、候補にはなったものの受賞はできなかった島本理生さんの作品への選評が思い浮かびました。
当時私は文藝春秋を買って第130回芥川賞がどのように決まったのかじっくり読んでいたのですが、選考委員の一人が島本理生さんの作品について「人を死なせればいいというものではない」というようなことを言っていたのが印象に残っています。
「サーカスの夜に」では作品が進む中で人が亡くなったことで、その後の宴会が「スターウォーズ エピソード6」のエンディングのような楽しさと切なさが入り混じった独特なものになっている良さはあったものの、その人物を唐突に死なせる必要はあったのかという疑問は残りました。
また、「僕」が「なぜだか分からないが泣きそうになった」という描写が何度もあったのも気になりました。
主人公が13歳から14歳にかけての一年間の物語で年齢が若いため「なぜだか分からないが泣きそうになった」という表現にしたのかなと思います。
たしかにそんな心境になることはあります。
ただし何度も出したことで違和感を覚えたので、一回だけにするか二回目は表現を変えたほうが良かったかも知れません。
終盤、コックが良いことを言っていました。
「仕事は、あくまでも仕事なんだ。誰かに仕えてこそ、成り立つものだよ。自分も相手もどっちも楽しい仕事なんて、そうそうありゃしない。仕事っていうのは、たいてい苦しくてつまらないものさ。その中から、小さな喜びややりがいを見出すことに意味がある」
少年はまだ年齢が若いため納得していないようでしたが、これはそのとおりだと思います。
自分で事業を起こした場合や純粋に仕事を楽しめている場合など例外はありますが概ね的を得た意見です。
異国の地のサーカス団が舞台という珍しい作品世界だったので読んでいて新鮮でした。
ショーだけ見ていると凄く楽しく見えるサーカスもその裏では凄まじい努力をしていたり色々な葛藤があったりします。
「僕」にはぜひ選んだ道である「綱渡り」で立派な綱渡り師に成長していってほしいと思いました。
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