24日(火)に叔母が亡くなったと、妹から連絡がきた。母親の妹に当たり、母親は4姉妹でこの叔母が一番下だった。
親戚でも近しい人たちは限られている。この叔母夫婦には子供の時から会うことが多かった。叔母は明るい性格で、さらにその夫は輪をかけて明るい人懐こい方で、親戚の集まりでも場を盛り上げる係だった。
転倒して脊椎(おそらく腰椎)圧迫骨折を来して、近くの病院に入院したそうだ。そのから誤嚥性肺炎を起こすようになり、最終的には経口摂取ができずに点滴だけになっていたそうだ。
入院した病院を訊くと、当方の大学の同級生が院長をしている同族病院だった(3兄弟が医師で科目がそれぞれ違う)。狭い業界なので、何かしら知っている人がいたりするものだ。
自宅近くの有名な(店舗数が多い)葬儀社で通夜・告別式が行われた。高齢になると、関係のあった親戚・知人も少なくなっている。告別式は外来のない日だったで休みをとって、妹(当方の)といっしょに出かけた。叔母の息子娘とその子供たち(孫)以外の列席者は少なかった。
ひとり暮らしになってしまう叔母の夫も、歩行器で歩いていた。娘(いとこ)が頻回に実家に行って世話をしていたそうだ。
叔母の夫はかつての国鉄職員で、仕事に行くときは「役所に行く」という言い方をしていた。職場の旅行で、叔母がバスガイドをしているバスに乗ったのがきっかけで、見初めて仲良くなった。夫の実家からは結婚を反対されて、長男だったが家を継がなかった。
当方の車でいっしょに行った妹は午後から仕事があったので、出棺までいて失礼した。今どきは棺に家族や列席者で花を敷き詰めるのだった。(釘打ちは今はないそうだ)