まだ我が家の子ども達が小さかった頃、隣の家で小型のビーグルを飼っていました。
ある日、その家の犬が増えているのを子ども達が買い物帰りに見つけ、吸い寄せられるようにそばに寄って行きました。それをみてその家の奥さんが言いました。
「迷い犬なのよ。うちで二頭も飼えないから、あんたの所で飼わないかい?」
同じような小型のビーグル犬なのですが、いくらかおどおどした様子があり、のんびりと座る家主の犬にぴったりとくっついているように見えます。
「うちは貧乏だぞ。子ども多いからうるさいし、大したもの食えないぞ。それでもいいか?」夫が、その犬をなぜながら言い、荷造り用のひもを持ち出して散歩に連れ出しました。古びた青い首輪をしています。
「それ、つけていたのよ。飼い主がわかるようなものはないけれどね。」
子ども三人と夫と、素直についていく犬の後姿を見ながら、その時、突然始まった犬がいる生活を私はぼんやりと考えていました。
「あの子ね、四五日前からこの辺をちょろちょろしていたのよ。」
「引っ越しで置いてかれたのかしら…。」
そんなことをしばらく立ち話していたら、子どもの騒ぐ声が聞こえてきました。
「もう、戻ってきたわ」と振り向くと、道の向こうはしから犬と2歳になる娘がかけてきます。それを追いかけるように上の二人が走っています。そのさらに後ろから夫です。
見ると、ちょうど娘の手の高さになる尻尾をしっかりつかんで、つかまれて犬と娘は並んで走ってきます。にこにこと笑いながら、楽しそうに勢い込んで走る娘が転ばない程度に、犬が合わせて走ってくるのです。私のそばに来て娘が叫んでいいます。
「わあわあちっぱあ!わあわあちっぱあ!」
あとから息も絶え絶えの夫が言いました。
「そうだ、わんわんのしっぽだなあ。チッパー、名前も決まったな」
なるほど、娘に握られた尻尾は、その小さな手もつけてゆっくりと振られています。
「これなら、大丈夫だな。かわいがられていただろうに…お前はどうして迷子になったんだ?」
ずいぶん探したのですが、チッパーに青い首輪をつけた人は見つかりませんでした。でも、だから、ずっといてくれました。チッパーのいうことが理解できたら、それは映画になるような大冒険だったのかもしれませ。 (2009年8月)