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ゾロアスター教 青木健 講談社選書メチエ

2008-10-17 00:06:14 | Weblog

ゾロアスター教 青木健 講談社選書メチエ



 ゾロアスター教は中央アジア~イラン高原に住んでいたアーリア民族の宗教だが、濃厚な呪術性、思想を神話的イメージに載せて語る独特の言説、異なる文化伝統を有する者には意味不明なアーリア人固有の神格群、それらの諸神格に向けて細かく規定された儀式の方法、そして儀式や呪術を司る神官が絶対優位な階級社会に特徴があった。紀元前十二~紀元前九世紀ごろその中から、ザラスシュトラ・スピターマという神官が現れ、新たな教えを齎した。それは「この世は善と悪の闘争の舞台であり、人間存在は善の戦士である。世界の終末には救世主が現れて、必ずや善が勝利するであろう」というものだ。著者によれば、これはあらかじめ筋書きの判明した宇宙的ドラマであり、古代アーリア民族の神話や伝説はこのドラマに沿うように書き改められた。このような古代アーリア民族の宗教観念を解体・再構築した知的作業の結果を総称して、「原始ゾロアスター教」と称するのだ。
 後に224年に成立したササン朝ペルシャ帝国の国教になってから、明確な教義を備えた宗教に脱皮した。本書は長い歴史を持つゾロアスター教の変遷を様々な文献を渉猟して懇切丁寧に説いている。インド亜大陸に入ったゾロアスター教がヒンズー教に発展したり、イラン高原ではイスラム教に取って変わられたりと、さまざまな消長を繰り返したことがよくわかった。また拝火教とも言われるが、その拝火神殿の遺跡など、興味深い写真も掲載されている。
 世界史の中でも、中央アジア史はなかなか理解が難しいので研究者の数も少ないのが現状だ。これは甲骨文字の研究と相通ずるものがある。マイナーな分野の研究を志し、実践されている著者に敬意を払いたい。アーリア民族の英雄ザラスシュトラはドイツ語読みではツアラツウストラで、ニーチェは彼に託して「神の死」、永劫回帰、超人、権力への意思、善悪の彼岸などの思想を語ったが、なぜツアラツストラに仮託したのかは不明だ。ナチズムは「アーリア民族至上主義」を標榜したが、当時ヒトラーが頭に描いていた「アーリア民族」とは、ゲルマン民族や北欧民族のことで、言葉本来の意味での「アーリア人」であるインド亜大陸のアーリア人は、ほぼ念頭に無かったようだ。しかし、古代アーリア民族が持った唯一の宗教的天才であるザラスシュトラの象徴性は捨て難く、ナチス存在のアイデンティティーになった。ナチはアーリア民族的な主題を研究対象にして、チベット、イラン、アイスランドまで探検に出かけたことが述べられているが、カルト集団に近い行動パターンであきれてしまう。「我が闘争」はヒトラーのバイブルということなのだろう。ゾロアスター教の現代的意義がよく分かった。