読書日記

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「民族浄化」を裁く 多谷千香子 岩波新書

2008-10-04 11:04:18 | Weblog

「民族浄化」を裁く 多谷千香子 岩波新書




 副題に「旧ユーゴ戦犯法廷の現場から」とある。著者はオランダのハーグにある「旧ユーゴスラヴイア国際刑事裁判所」(ICTY)の判事として実際の審理を行った経験をもとにユーゴ紛争の実相を簡明にまとめている。この書が出版された2005年10月時点では戦犯の大物、セルビアのカラジッチとムラジッチは拘束されておらず、ミロシェビッチ以外は中から小物の戦犯だったと書かれている。著者によると大物戦犯をかくまうネットワークがあり、彼ら二人はなかなか拘束されないということだったが、今年八月、ベオグラードでカラジッチが逮捕され、ハーグへ移送された。これはセルビアの後継のスルスプカ共和国がEUへの加盟を視野に入れたがゆえの行動だった。されば、ムラジッチの逮捕も近いかもしれない。旧ユーゴの内紛、とりわけコソボの民族対立はチトー政権崩壊後の経済不況によって、セルビア人、モスリム人、クロアチア人による殺戮戦と化したが、民族主義を標榜して権力を握った者の中には自己の権力拡大と蓄財のために一般市民の恐怖を拡大して「民族浄化」に利用した者も多かった。大義名分と実際の行為のズレが多くの無辜の民を死に追いやったのだ。小人が権力を握ることの怖さがここにある。君子はどこにいるのだろうか。