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行列の出来る松本氷店 前北かおる
昔はどこにでも氷屋や駄菓子屋があって、
夏休みともなれば子供たちが
小さな手に小銭を一枚握りしめて、
ばあちゃんのいる近所の店へ駆け出し、
かき氷を食べていたのだろう。
他に娯楽の少ない時代だから、
自然と子供たちが集まって来る。
店の中は、まるで普段の教室さながらの賑やかさである。
レモンやイチゴヤメロン。
それぞれ好みの味のシロップをたっぷりと氷にかけて食べる。
そしてシロップと同じ色に染まった舌を見せ合って、けらけらと笑う。
それから幾十年。至る所で都市化が進み、
氷屋もめっきり見なくなった。
そんな中、都市近郊のとある場所に、
行列のできる一軒の氷屋がある。
厳しい夏の日差しが直射する中、
Tシャツに麦藁帽といった何とも素朴な身なりの
大人が五、六人、
それぞれわが子の手を引いて立っている。
蝉は鳴く。風は吹かない。滝のように噴出す汗。
それでも親も子も楽しみに待っているのは、一杯のかき氷である。
少年時代にこの店でかき氷を食べて育った彼らが、
父となり再びこの店を訪れる。昔と少しも変わらない、
ただ時代の流れとともに少しだけ古くなった「松本氷店」。
都会の中で、
この店だけ時間が停止したようだ。
父親たちは、わが子がかき氷を食べシロップの色に舌を染める様を見ながら、
遥か昔の、しかしつい先日のことのような、
自分たちの少年時代を思い起こすのだろう。
参照 https://kakuyomu.jp/works/1177354054880622271/episodes/1177354054880622272