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菜の雫散らし俎始かな 津久井健之
蛇口から流れる水は、氷を使わずとも十分に冷たい。
ボールに張った水の中から取り上げると、
菜っ葉はまるで摘み立ての時のように瑞々しく、
葉の先までしゃんと張っている。
空中に上げられた菜っ葉は、
束の間茎の根本から大量の水をボールの中へ落とすが、
それが止めば、あとはぽたぽたと時間を掛けて雫を落とすばかりになる。
だからといって、
菜っ葉はまとった水滴の全てをボールの中に落とし切った訳ではない。
複雑に入り組んだ葉の中には、
まだ零れずに残っているいくつもの水滴がある。
作者は菜っ葉の茎の部分を束ねるように指に持ち、それを上下へ軽く振る。
すると、葉に残っていた水滴が勢いよく辺りへ飛び散る。
その数滴が、これから菜っ葉を刻もうとする俎板の上へも落ちた。
ころころとした丸い小さな水滴が、
まだ出したばかりの乾いた俎板の上に乗り、
光を放つ。その水滴は実際には無色透明のはずなのに、
気のせいかほんのりと緑色を帯びているようだ。
菜っ葉の放つ鮮やかな緑色が、水滴に映っているのだ。
新年を迎えるにふさわしい、清澄な朝の景である。
参照 https://kakuyomu.jp/works/1177354054880622271/episodes/1177354054880622272