鮟鱇に耳があつたか聞いてをり 森野稔
作者の前には、天井から吊るされた鉤状の金具に無残に残された、
鮟鱇の顎と背骨ばかりが垂れ下がっている。
鮟鱇の吊るし切りは、今しがた終わったばかりである。
作者はそこにいた人に、しつこく尋ねている。
鮟鱇に、耳はあったかと。
しかし人々は、作者の話には取り合わない。
売り出された鮟鱇の、少しでもいい部分を手に入れようと血眼である。
一方作者は、鮟鱇の身のことなどはどうでもよい。
鮟鱇には耳があったか、ただそのことばかりが気になって仕方がない。
というのも、作者はいつかどこかで、
鮟鱇に耳があるらしいという情報を得ていたのである。
だから、次に実際の鮟鱇を目にする機会があったら、
ぜひとも自分の目で確かめてみようと、常々考えていたのだ。
ところが、絶好の機会をこの日逃してしまった。
地元のスーパーの鮮魚売り場で、
珍しい鮟鱇の吊るし切り実演があると聞いて慌てて駆け付けたのだが、
作者の到着した時には、すでに鮟鱇は顎と骨だけになってしまっていた。
悔やんでも悔やみ切れない作者は、
その場にいた人から事の真偽を必死で聞き出そうとする。が、後の祭りである。
作者はもやもやとしたものを心に引きずりながら、
また次の機会を待たなければならない。
参照 https://kakuyomu.jp/works/1177354054880622271/episodes/1177354054880622272