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色町や真昼しづかに猫の恋 永井荷風
荷風ならではの1句と言うべきか
色町とか花柳界とか死語になりつつある言葉に
郷愁を感じるのは
日本人のだれにでもある原罪を刺激されるからだ
昼の色町
猫ならずとも性愛はしずかになるのは道理
(小林たけし)
荷風と色町は切り離すことができない。色町へ足繁くかよった者がとらえた真昼の深い静けさ。夜の脂粉ただよう活況にはまだ間があり、嵐(?)の前の静けさのごとく寝ぼけている町を徘徊していて、ふと、猫のさかる声が聞こえてきたのだろう。さかる猫の声の激しさはただごとではない。雄同士が争う声もこれまたすさまじい。色町の真昼時の恋する猫たちの時ならぬ争闘は、同じ町で今夜も人間たちが、ひそかにくりひろげる〈恋〉の熱い闘いの図を予兆するものでもある。正岡子規に「おそろしや石垣崩す猫の恋」という凄い句があるが、「そんなオーバーな!」と言い切ることはできない。永田耕衣には「恋猫の恋する猫で押し通す」という名句がある。祖父も曽祖父も俳人だった荷風は、二十歳のとき、俳句回覧紙「翠風集」に初めて俳句を発表した。そして生涯に七百句ほどを遺したと言われる。唯一の句集『荷風句集』(1948)がある。「当世風の新派俳句よりは俳諧古句の風流を慕い、江戸情趣の名残を終生追いもとめた荷風の句はたしかに古風、遊俳にひとしい自分流だった」(加藤郁乎『市井風流』)という評言は納得がいく。「行春やゆるむ鼻緒の日和下駄」「葉ざくらや人に知られぬ昼あそび」――荷風らしい、としか言いようのない春の秀句である。『文人俳句歳時記』(1969)所載。(八木忠栄)
猫の恋】 ねこのこい(・・コヒ)
◇「恋猫」 ◇「浮かれ猫」 ◇「戯れ猫」(たわれねこ) ◇「通う猫」 ◇「猫の思い」 ◇「猫さかる」 ◇「春の猫」 ◇「孕み猫」
猫は主として寒中から早春へかけて、盛んに妻恋いを始める。1匹の牝に数匹の牡が鳴き寄り、赤ん坊の泣くような声を出し、幾日も家を留守にして浮かれ歩く。
例句 作者
恋猫を唐天竺へ遣はしぬ 瀬戸美代子
猫の恋稲荷に修羅をはばからず 古田悦子
恋猫の恋する猫で押し通す 永田耕衣
藪風のさざなみなせり浮かれ猫 鍵和田?子(ゆうこ)
猫の恋やむとき閨の朧月 芭蕉
恋猫の片一方は知つてをり 仙入麻紀江
恋猫とはやなりにけり鈴に泥 阿波野青畝
恋猫の皿舐めてすぐ鳴きにゆく 加藤楸邨
色町や真昼ひそかに猫の恋 永井荷風
恋猫の身も世もあらず啼きにけり 安住 敦
恋猫を唐天竺へ遣はしぬ 瀬戸美代子
猫の恋稲荷に修羅をはばからず 古田悦子
恋猫の恋する猫で押し通す 永田耕衣
藪風のさざなみなせり浮かれ猫 鍵和田?子(ゆうこ)
猫の恋やむとき閨の朧月 芭蕉
恋猫の片一方は知つてをり 仙入麻紀江
恋猫とはやなりにけり鈴に泥 阿波野青畝
恋猫の皿舐めてすぐ鳴きにゆく 加藤楸邨
色町や真昼ひそかに猫の恋 永井荷風
恋猫の身も世もあらず啼きにけり 安住 敦