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生娘やつひに軽みの夕桜 加藤郁乎
一読、ドキッとする思い切った表現に目を見張る
上五中七は他の俳句では見ることはあるまい
それでいて風流なおかしみが嫌らしく感じられない
こうしたことを洒脱というのだろう
(小林たけし)
男女のことなどまだ何も知らない「生娘」が、夕桜の下でついつい少しばかり浮かれてしまっている様子に、作者はかなり強い色気を感じている。微笑ましい気持ちだけで見ているのではない。「つひに」という副詞が、実によくそのことを物語っている。江戸の浮世絵を見ているような気分にもさせられる。ということは、おそらく実景ではないだろう。男の女に対する気ままな願望が、それこそ夕桜に触発されて、ひょいと口をついて出てきたのである。「つひに軽みの」という表現にこめられた時間性が、この句の空想であることを裏づけている。もしも事実を詠んだのだとすれば、作者はずいぶんとヤボな男におちぶれてしまう。こういう句は好きずきで、なんとなく「江戸趣味」なところを嫌う読者もいると思う。ただし、上手い句であることだけは否定できないだろうが……。同じ作者の句「君はいまひと味ちがふ花疲れ」も、同じような意味で、かなり好き嫌いの別れそうな作品だ。桜も、なにかと人騒がせな花ではある。『江戸櫻』(1988)所収。(清水哲男)
【桜】 さくら
◇「桜花」 ◇「染井吉野」 ◇「朝桜」 ◇「夕桜」 ◇「夜桜」 ◇「桜月夜」
バラ科の落葉高木。秋の月、冬の雪とともに日本人にとつて、代表的な詩材であり、俳諧において花といえば桜をさす。朝夕夜とそれぞれに味わいがあり、降ってよく照ってよく、万朶の桜、遠桜といくら見ても心尽きぬおもいである。桜には種類多く,山桜,染井吉野、豆桜、八重桜、里桜等々。また場所によつて名の有る桜も多い。左近桜、秋色桜、瀧桜等々。
例句 作者
夜あそびの帰りのさくら仰ぎけり 藤田あけ烏
観音の大悲の桜咲きにけり 正岡子規
夜桜の雨夜咲き満ちたわゝなり 水原秋桜子
晩年とおもひ思はれさくら見る 木附沢麦青
馬なべて馬房に入りし夕ざくら 茂木連葉子
したたかに水をうちたる夕ざくら 久保田万太郎
ひともとの櫻に佇てば濤の音 環 順子
夕ざくら見上ぐる顔も昏れにけり 桂 信子
淡墨桜風立てば白湧きいづる 大野林火
根の国ゆ噴きあがりたる桜かな 西嶋あさ子
夜あそびの帰りのさくら仰ぎけり 藤田あけ烏
観音の大悲の桜咲きにけり 正岡子規
夜桜の雨夜咲き満ちたわゝなり 水原秋桜子
晩年とおもひ思はれさくら見る 木附沢麦青
馬なべて馬房に入りし夕ざくら 茂木連葉子
したたかに水をうちたる夕ざくら 久保田万太郎
ひともとの櫻に佇てば濤の音 環 順子
夕ざくら見上ぐる顔も昏れにけり 桂 信子
淡墨桜風立てば白湧きいづる 大野林火
根の国ゆ噴きあがりたる桜かな 西嶋あさ子