乾きゆく音をこもらせ干若布 笠松裕子
音をこもらせ
この中七の措辞がこの句の骨格だ
干されている若布の景、浜辺の潮風まだが鮮やかだ
(小林たけし)
季語は「若布(わかめ)」で春。井川博年君から、彼の故郷(島根県)の名産である「板わかめ」をもらった。刈ってきた若布を塩抜きしてから板状に乾かして、およそ縦横30センチほどにカットした素朴な食品だ。特長は、戻したり特別な調理をしたりすることなく、袋から出してすぐに食べられるところである。早速食べてみて、あっと思った。実に懐かしい味が、記憶の底からよみがえってきたからだった。子供の頃に、たしかに食べたことのある味だったのだ。ちょっと火にあぶってからもみ砕いて、ご飯にかけたり握り飯にまぶたりしていたのは、これだったのか……。住んでいたのが島根隣県の山口県、それも山陰側だったので、島根名産を口にしていたとしても不思議ではない。それにしても、半世紀近くも忘れていた味に出会えたのは幸運だ。こういうこともあるのですね。そこで、誰かがこの懐かしい「板わかめ」を句に詠んでいないかと探してみた。手元の歳時記をはじめ、ネットもかけずり回ってみたが、川柳のページに「少しだけ髪が生えたか板ワカメ」(詠み人知らず)とあったのみ。笑える作品ではあるけれど、私の懐かしさにはつながらない。そこでもう一度歳時記をひっくり返してみているうちに、ひょっとすると「板わかめ」を題材にしたのかもしれないと思ったのが掲句である。食べるときのパリパリした感じが、実は「乾きゆく音」がこもったものと解釈すれば、「板わかめ」にぴったりだ。いや、これぞ「板わかめ」句だと、いまでは勝手に決め込んでいる。山陰地方のみなさま、如何でしょうか。『炎環・新季語選』(2003)所載。(清水哲男)
【若布】 わかめ
◇「和布」(わかめ) ◇「和布刈」(めかり) ◇「和布刈竿」 ◇「和布刈舟」 ◇「和布刈鎌」 ◇「和布刈り」(わかめがり) ◇「和布干す」 ◇「鳴門若布」
わが国特産の海草。黄褐色の海藻で、日本各地の海岸に生ずる。昆布に似る。長さ約1メートル。春、茎の両側に厚いひだができ、胞子嚢を生ずる。食用。竹の先に小さな鎌を付けた若布刈り竿で刈る。2、3月から4月にかけて若布刈りの時節である。古くは若布をただ(め)とも呼んだ。
例句 作者
櫓を揚げて鳴門落ちゆく若布刈舟 山口誓子
あな黒し茣蓙にひろげて棒若布 中西夕紀
一盞の海傾けて若布刈舟 市堀玉宗
潮の中和布を刈る鎌の行くが見ゆ 高浜虚子
若布舟夕照る潮にいまいづこ 水原秋櫻子
子も孫も都に住むと若布干す 茨木和生
風の道陽の道どこも若布干す 星野恒彦
みちのくの淋代の浜若布寄す 山口青邨
和布利桶神代の潮をしたたらす 大江加代子
若布舟大きくうねる中にあり 小林るり子
櫓を揚げて鳴門落ちゆく若布刈舟 山口誓子
あな黒し茣蓙にひろげて棒若布 中西夕紀
一盞の海傾けて若布刈舟 市堀玉宗
潮の中和布を刈る鎌の行くが見ゆ 高浜虚子
若布舟夕照る潮にいまいづこ 水原秋櫻子
子も孫も都に住むと若布干す 茨木和生
風の道陽の道どこも若布干す 星野恒彦
みちのくの淋代の浜若布寄す 山口青邨
和布利桶神代の潮をしたたらす 大江加代子
若布舟大きくうねる中にあり 小林るり子