竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
自得の100句が生涯目標です

御降や一つ丘なる住宅地  小川軽舟

2018-08-15 | 今日の季語



御降や一つ丘なる住宅地  小川軽舟

 正月早々、空を灰色の雲が覆い雨を降らせた。
隣近所との親交が希薄になったと言われて久しいが、
新年ばかりはそんなことも忘れ、
日頃疎遠な人同士でも道で会えば
御慶を言い合うのが例年の新年らしい風景であった。
作者も、そんな人々の晴れやかな表情を見て、
年の改まった喜びを実感していたのかもしれない。
しかし、今年の新年はあいにくの雨である
普段ならば町には晴れ着姿の人々が溢れ、
どこからか笛や太鼓の音も聞こえてくるのであろうが、
雨に降り込められた町は、しんと静まり返って人の気配さえ感じられない。
一つの丘陵地帯に段々に並ぶ家々も、
みなひっそりと窓や扉を閉じたままだ。
一つの丘を分け合って住むという、
本来ならば共同体とも言うべき住宅地だが、
朝から降る冷たい雨のために各戸がそれぞれ別々に孤立している。
心では他者との連帯を希求する人々と、それを阻もうとする雨。
人との繋がりを大切に思いながら、
人と繋がる術を忘れてしまった、
現代社会を象徴するかのようだ。


参照 https://kakuyomu.jp/works/1177354054880622271/episodes/1177354054880622272
コメント

冬麗やシーツかわけば風はらむ  小川軽舟

2018-08-12 | 今日の季語



冬麗やシーツかわけば風はらむ  小川軽舟

 日差しの強い夏場とは違い、
冬は洗濯したものがなかなか乾かない。
作者はある週末、
朝の内から洗濯や物干しに忙しそうに働く妻の姿を、
暖かな家の中から窓ガラス越しに眺めていたのだろう。
ベランダに干されたベッドのシーツは
物干竿に掛けられても、
水分を含んだ自身の重さのために、だらりと下へ垂れている。
風が吹いても日が差しても、
シーツは乾くどころか、
いよいよ冷えて却って凍ったように微動だにしない。
ところがそれから時が過ぎ、
日も傾き始めた頃改めてベランダを見てみれば、
さっきまでびっしょりに濡れていたシーツはあらかた乾き、
尖った音を立てて吹く冷たい風に、ひらひらと煽られている。
そう言えば、あれ以来妻が静かだ。
買い物にでも出掛けたのだろうか、
それとも昼寝でもしているのか。
風にはためく真っ白なシーツが、
作者家族の生活の平穏と幸福を物語る。

参照 https://kakuyomu.jp/works/1177354054880622271/episodes/1177354054880622272
コメント

秋雨や満員電車どこかに赤子  村越敦

2018-08-11 | 今日の季語



秋雨や満員電車どこかに赤子  村越敦

 雨が降ると、肌寒さを覚える季節になった。
人々は、いつもより少し厚着をして、朝の通勤電車に乗り込む。
乗車率が二百パーセントを越えて来ると、
普段よりも余計な圧迫を体に受ける。
それでもそんな窮屈さにすっかり慣らされた大人たちは、
気にも留めない様子で全くの無表情のまま、
車窓に張り付く無数の雨粒を眺めている。
どこかで赤子が泣き出した。
線路の上を転がる車輪の低い音しか聞こえていなかった車内に、
甲高い金切り声が鳴り渡る。
その声の方角から、おおよそどの辺りで泣いているかは見当がつく。
ただ首を回そうにも、他人の体で自分の体が固定されているから、
顔を真横に向けるのさえ容易ではない。
仕方がないから、黙ったままで外を見ている。
赤子は泣き止む様子はない。それも無理はないだろう。
まだ骨格さえ丈夫ではない柔らかな体が、
見知らぬ連中の固い体に押されるのである。
そしてそのいずれの顔を見ても、
母親のように優しく微笑みかけてくれる表情はない。
母親はなぜ、朝の通勤時間帯に幼いわが子を抱いて、
果敢にもこのような満員電車に体を押し込んだのであろうか。
そこには、切実な社会状況があるのかもしれない。
この低賃金の時代、
もはや夫の稼ぎだけでは充分に子供を養えないのか、
あるいは夫とはすでに離縁してしまっているのか。
子を産み育てるのは、決して楽しいばかりではない。
一方に、現代ならではの過酷な現実が影を潜めている。

参照 
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880622271/episodes/1177354054880622272
コメント

行列の出来る松本氷店  前北かおる

2018-08-10 | 今日の季語






行列の出来る松本氷店  前北かおる

 昔はどこにでも氷屋や駄菓子屋があって、
夏休みともなれば子供たちが
小さな手に小銭を一枚握りしめて、
ばあちゃんのいる近所の店へ駆け出し、
かき氷を食べていたのだろう。
他に娯楽の少ない時代だから、
自然と子供たちが集まって来る。
店の中は、まるで普段の教室さながらの賑やかさである。
レモンやイチゴヤメロン。
それぞれ好みの味のシロップをたっぷりと氷にかけて食べる。
そしてシロップと同じ色に染まった舌を見せ合って、けらけらと笑う。
それから幾十年。至る所で都市化が進み、
氷屋もめっきり見なくなった。
そんな中、都市近郊のとある場所に、
行列のできる一軒の氷屋がある。
厳しい夏の日差しが直射する中、
Tシャツに麦藁帽といった何とも素朴な身なりの
大人が五、六人、
それぞれわが子の手を引いて立っている。
蝉は鳴く。風は吹かない。滝のように噴出す汗。
それでも親も子も楽しみに待っているのは、一杯のかき氷である。
少年時代にこの店でかき氷を食べて育った彼らが、
父となり再びこの店を訪れる。昔と少しも変わらない、
ただ時代の流れとともに少しだけ古くなった「松本氷店」。
都会の中で、
この店だけ時間が停止したようだ。
父親たちは、わが子がかき氷を食べシロップの色に舌を染める様を見ながら、
遥か昔の、しかしつい先日のことのような、
自分たちの少年時代を思い起こすのだろう。

参照 https://kakuyomu.jp/works/1177354054880622271/episodes/1177354054880622272
コメント

歳月や銀河賑はひ始めたり  衣川次郎

2018-08-09 | 今日の季語



歳月や銀河賑はひ始めたり  衣川次郎

 今や日本の夜には光が溢れている。
夜の地球を撮った衛星写真では、
ネオンの明りで日本列島の輪郭がくっきりと浮かび上がる。
夜が明るくなるにつれ、
銀河もすっかり見えなくなった。
防犯や経済のために、日本人は尊い自然を犠牲にしたのだ。
作者はそんな日本の姿を見つめ続けてきたのだろう。
日進月歩で都市化する日本。
それにつれて淡くなる銀河。
とうとう銀河の姿も完全に失われてしまったかと思われた時、
改めて頭上を見上げて息を飲んだ。
そこには、かつてのようにまばゆい銀河が、
昔と変わらない姿で広がっていたのである
しかし、実は作者は知っていた。
それが本当の銀河の姿ではないことを。
歳月は作者自身の体を老化させた。
昔ははっきりと見えた目も、
今ではうっすらと霞掛かって来た。
月を見れば、月が二重に見える。
当然、夜空に浮かぶ星の数も、全て二重に見えているはずだ。
作者は今、実際の銀河を眺めながら、
実際よりもまぶしい銀河を見ている。
しかし作者は悲しんではいない。むしろ感謝している。
歳月が、我が身の老化と引き換えに、
誰にも見ることのできない、
荘厳な自然の姿を作者の目に映さしめたからだ。

参照 https://kakuyomu.jp/ 矢口晃

コメント

みるみると籠に満ちたる蓬かな  清水良郎

2018-08-08 | 今日の季語



みるみると籠に満ちたる蓬かな  清水良郎


 よく晴れた早春の一日、
作者は野に出て、蓬を摘み始めた。
地面にはようやく芽を出したばかりの草が、
地面に這いつくばるように、
産毛の多い若葉を懸命に空へ広げている。
作者はその柔らかな草の上に空っぽの籠を置き、
名もなき草に紛れて萌え出した蓬の葉を選んで摘んでいく。
空には鳥が囀りながら飛んでいる。
耳元には涼しい風が吹き抜けている。
まだ冬の装いの体は動かしにくく、
屈みながら地面の草を摘む作業は思いのほか体に応える。
しばらく蓬摘みに精を出していると、
じわりと額に汗が滲んだ。
太陽は先程よりやや南方へ高まり、
地面からはうっすらと陽炎も兆している
ふうと息をついて立ち上がり、
大空に顔を向けて腰を伸ばす。
体からぎりぎりと音がするようだ。
見れば、空っぽだったはずの足元の籠は、
もう底から半分ばかりも蓬の葉で満たされている。
そんなにたくさん積んだ実感はないのにと、驚く作者。
地面にはまだまだ緑の葉が無数に点在し、
たっぷりの日差しを喜ぶように浴びている。
摘んでも摘んでも、とても摘み切れる量ではない。
本格的な春の到来を感じ、
籠の蓬も作者の心も、充実感に漲っている。

参照 https://kakuyomu.jp/works/1177354054880622271/episodes/1177354054880622272
コメント

急がぬ日急ぐ毛虫を見てゐたり 岡田由季

2018-08-07 | 今日の季語
急がぬ日急ぐ毛虫を見てゐたり 岡田由季





 同賞候補作五十句「喚声」より。
路上や壁の上を歩く毛虫は、いつでも凄まじい速度で動いている。
それはそうであろう。
彼らにしてみれば、そこは本来の居場所ではない。
仮に彼らが目の利かぬ生物だとしても、
そこが自分のいるべき場所でないことは、
足の裏から伝わる材質の固さ、
冷たさからすぐに感知するであろう。
彼らは急ぐ。
なぜならば、彼らはその時、
生命の危機に直面しているからである。
体の色や模様は、草木の中に紛れるためのものだ。
枝に巻き付き高所から落下しないように、
体の表皮は敢えて柔らかく出来ている。
彼らは木の上、葉の中に隠れているからこそ安全なのであり、
それ以外の場所にいるということは、
いつ天敵や災難に遭遇するかわからない、
一大難局である。そんな毛虫の恐怖も知らず、
見ているほうは呑気なものだ。
おやおや一体何を急いでいるのだろう、
この毛虫は。
急げば急ぐほど、毛虫の背中は忙しなく脈打つ。


参照https://kakuyomu.jp/works/1177354054880622271/episodes/1177354054880622272
コメント

晩学に小さき応え冬苺 たけし

2018-08-06 | 
晩学に小さき応え冬苺 たけし



俳句は古希を過ぎてからの晩学だ
学ぶというよりはたっぷりとある余生という時間
この費やし方のひとつのつもりだった

しかしながら同好者の真面目な取り組み
真剣な学ぶ態度に触発された

学ぶからにはと少々の苦痛は覚悟して取り組んで
どうやら7年目に入ったところだ

句意はその成果が少し自得できたという気持ちを
見過ごされることの多い野の「冬苺」に擬えた



2018/7/7 29伊藤園新俳句大賞 諸家 佳作
コメント

梅雨湿り期限の怪し置き薬 たけし

2018-08-05 | 入選句
梅雨湿り期限の怪し置き薬 たけし



句意は単純明快で面白味に欠ける

置き薬は常備薬に変えてみたり
正露丸にしてみたり

迷ったが「置き薬」に落ち着いた
期限の怪し」もまだ言い過ぎの感じが残る


2018.8.1 朝日新聞 栃木俳壇 石倉夏生選
コメント

レコードの雑音汗まみれの青春 たけし

2018-08-04 | 入選句
レコードの雑音汗まみれの青春 たけし



昭和18年生の私が20才の頃の洋レコード

ビートルズ 「ヘルプ!」「イエスタデイ」
ローリング・ストーンズ 「サティスファクション」「一人ぼっちの世界」
ボブ・ディラン 「ライク・ア・ローリング・ストーン」「寂しき4番街」
テンプテーションズ 「マイ・ガール」64-65「ゲット・レディ」
ジェームス・ブラウン 「パパのニュー・バッグ」「アイ・ガット・ユー」
ウィルソン・ピケット 「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」
バーバラ・メイソン 「イエス・アイム・レディ」
スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズ
バーズ 「ミスター・タンブリン・マン」「ターン・ターン・ターン」
ザ・フー 「マイ・ジェネレーション」

こうした曲名を目にするだけであの青春時代が蘇る
深夜喫茶などでの生演奏も懐かしい
青春は音楽に汗、一日が24時間では短かかった


2018.7.4 朝日新聞 栃木俳壇 石倉夏生選
コメント

白牡丹闇を余白とつかい切る たけし

2018-08-03 | 
白牡丹闇を余白とつかい切る たけし



初案は3年ほど前の

白牡丹闇という闇みな余白
白牡丹と漆黒の闇の対比を詠んだもの

掲句に添削していくぶんか近づいたがまだ納得できない
このテーマはおそらくこれからも
私から離れないような気がしている



2018.6.14 第29回 黒羽芭蕉俳句大会 鶴見一石子選
コメント

問診に要らぬ強がり走り梅雨 たけし

2018-08-02 | 入選句
問診に要らぬ強がり走り梅雨 たけし




還暦をすぎた頃から
健康に気遣うようになっている

血圧が高めで視力も弱い
庭の手入れなどは根気が続かない

月に一度、近くのクリニックへ定期診療に通っている
問診では型通りの医師との会話がある

何故か、強がっている自分がいる
帰途必ず自戒

腰が痛い、朝気分が優れない、階段が辛い
膝の関節に違和感がある。目が霞む、片頭痛がひどい

言えば良かったなー


2018.6.20 朝日新聞 栃木俳壇 石倉夏生選
コメント

慟哭のひとつに足らず青岬 たけし

2018-08-01 | 
哭のひとつに足らず青岬  たけし




湘南の海は青春の舞台だった
三浦半島では干潮の浜を沖に向かって歩き
休んでいたら潮が満ちて道が無くなり
一晩の塾して震えたこともある

失望、悔恨などで
海に向かって絶叫した記憶は
ひとつに留まらない

今でも海に出ると何かを叫びたい衝動にかられる



角川 平成俳壇 30-7 星野高士選
コメント