右下の端に「風」という文字が目に入ってきた。
この「風」という文字の雰囲気から、“風雲”というイメージが湧き、
それから描かれている花を見た。
中央に大きく描かれた絵は、ブルン、ブルンと激しくゆれているように思いました。
左上の謎めいた渦巻きも、その雰囲気を高めています。
飴みたいでは、ありますが・・・。
意外なことに、自然の驚異も感じ、
苦難にあっている花の気持ちを考えてしまいました。
それがエスカレートすると、
武内と結婚したことによって起こる苦難のことを思い、
この花が自分のように思えてきたり。
この絵を前にして、感情移入をして長い夫婦生活を振り返ってみた。
武内がもたらす苦悩、困難というのもあるが、
そこから意外な能力が開発されて、自分でも驚いたことがある。
わたしは大体は、人の言う事を聞いて仕事をするタイプだと思っていたのが、
ひょうんなことから、子供の造形教室をして先生を雇って采配を振るう立場になったこと。
考えられないことでした。
武内から無理難題を言われる度に、沸点が低くなって、
感情を抑えることが減ったこと。
(これっていいことなのか?という疑問も残りますが・・・)
職場でも意見の大人しいわたしが、
「おかしいでしょ?」と思うことには、時として面と向かっていうようになった。
報復として、冷蔵庫に入れてあった休憩時に食べるサンドウィッチが、
踏みつけてゴミ箱に入っていたことがありましたが。
それを見て、「酷い。」と涙するのではなく、
「それで、気が済んだか!」と、鼻息荒く思ったりして、
「気が済んだのであればいい。」と思うと、少し笑い話のような気がしたのでした。
新しい性格というか、捉え方が変わっていたのです。
時代によって起こる事、画家の場合は不況というのは買い控えがすぐ起るものなので、
頭が痛いのだが、先のことを思い詰めない為に、
「騙し騙し生きるのよ。」と気持ちの持ち方にバリエーションを加えた。
この頃は、悪夢の政権「民主党政権」の時で、
TVで、うつ病で入院している人を取り上げていて、患者が「頑張らないと。」と言うのを聞いて、
「もうちょっと、休みなさい!まだ、よ~。」とTVに向かって言い放つわたしがいた。
大体、TVに向かって叫ぶという行為が今までにない行為で、
自分の中でモヤモヤと思いをくすぶらせるのが以前のわたし。
こうやって、タフになった一面があり、わたしにとってはいい事のように思われます。
災難というものでは、阪神大震災がありましたが、
やはり1人ではなく、2人だから、思いを共有しながらやってこれたように思います。
武内は、しみじみと「俺達もいろいろ越えてきたねぇ。」
「こんな困難な時代が来るとは思ってもみなかったけど、一緒になっといて良かったねぇ。」と言う。
わたしは、「確かにそうよねぇ。」と言いながら、うなずく。
しかし、その中で余分なものもある。
「余計な苦労を加えているのは誰?」と付け加えておこう。
やっぱり一言多いわたし。
この絵を見ると、薄く2016と記されていて、赤色で2017と書き込まれています。
一旦、2016年に仕上げ、2017年にさらに手を入れ仕上げた作品のようです。
花を中心に描かれているので、
以前の家で花を育てている頃の絵だと思い、その頃の庭の写真を見ていました。
2016年の春は、
↑はじめてアリウムを植え、咲いた春でした。
白い花はノースポールで、あとはビオラ。
ピンクの花は思い出せない。
アリウムの大きい球根は、深く穴を掘って植えたのが思い出されます。
2017年の春は、
↑チューリップとビオラ。自生する花ニラと。
今こうやって見ると、非常に熱心に取り組んでいたと感心します。
新居では、ルピナスはすぐ枯らし、今は何も植えていません。
ビオラの種もまだ蒔かず。
綺麗に花が咲いている家も見かけない。
その上、近所の花屋では、花苗は売ってなくて皆無なのです。
宝塚市では、あちらこちらに花苗が売っていて、
皆盛んにやっているから、自然と苗を分けて貰ったり、あげたりしていました。
広い庭って凄いことだったのだと痛感します。
それと、ヒロクニさんの絵になんらかの影響を与えていたのかもしれないと思うと、
面白い。
これからは、どうなるのか?
路地の絵が増えるのか?楽しみにしています。
やっと、暑さがましになり散歩が出来るようになりました。
夕方、坂道を登って散歩に行きました。
坂道を上りきると、バス道に出た。
そして、禅寺を見つけ、小さな珈琲店も見つけました。
「今度、行って見よう。」と、いうことになっています。
散歩の時に空の写真を撮りました。
↑もっと明るい感じだったと思うのですが、
写真では暗めに写りました。
↑雲が速い速度で流れている日でした。
写真を撮っているわたしのことはお構いなしに歩いていくので、
やや焦り気味に写したので、この2枚だけになります。
↑中央右部分の雲のアップ。
夕焼けって、ピンクとオレンジが混ざり合っているのですね。
ヒロクニさんの描く、夕焼けの絵を思い浮かべてしまいました。
「雲を見ていると飽きない。」という人がいますが、この日は、その言葉がぴったりきます。
花の絵を見て、自分を投影するとは思ってもみませんでした。
花が風に振り回されているように思ったのでしょう。
花とは違い、人は考えるということをします。
だから、一筋縄ではいかない存在。
自分の事をそう思います。
花は、純粋に美しく、人に癒しを与えてくれます。
そういう存在が地球上にあるということが、不思議です。
こういう思考をはじめると、すべてが不思議につながっていきます。
今日は、自己憐憫の感情から、いやそうでもないか・・・?ということになりました。
ある種の肯定もしているということです。
しかし、武内ヒロクニは手強い。
あなたの手強い相手というのはいますでしょうか?
そんなことを思いながら。
今日も最後までお読み下さったかた、ありがとうございます。