拒絶の歴史(58)
ぼくもサッカーを教えながら、自分の身体が次第に黒くなっていくことに気づいていく。大学が休みになった午後の数時間をそういう風に使っていると、有意義な感じがとてもした。身体から汗を失い、心地よい風が流れると、自分の肌が快感の媒体でもあるような印象があった。
途中に休憩を挟むと、そこにはお母さんや家族が差し入れをしてくれたものがあった。ぼくは一人の少年が10代らしい女性と話しているところに視線が向かった。
「あっ、昨日のコンビニの子?」
「山田ゆり江です。この子の姉です。なにか飲みますか?」と言って彼女はきれいなコップを探した。
「なんだ、君のお姉ちゃんだったのか?」とぼくはひとりの少年の頭を撫でた。
「妹さんの家で、近藤さんにも会ったことあるんですよ。覚えていません?」
「さあ、若い子の顔は直ぐ変わるから」と安心を与える言葉も見つからず、自分はそう言った。彼女はふてくされたような表情をしたが、直ぐに前の愛嬌のある顔にもどった。
また練習を再開し、2組に分かれて試合をした。ぼくは後ろのほうでディフェンスをしながら全体を見ていた。もうひとりのコーチも相手側で同じポジションをしていた。彼は数回、自分の攻撃の選手のために的確なパスを送り込んだ。ぼくが三年間ラグビーに明け暮れていた間も彼は、サッカーを行っていただけに、その優秀さを実感させるボールの動きだった。
何回かのパスを途中でさえぎり、何回かのパスは小さなストライカーがゴールを決めた。決めたのは、ゆり江という子の弟だった。彼は、お姉ちゃんに手を振った。そっちを向くと彼女も嬉しそうに手を振っていた。18歳がもてる最高の笑顔を彼女はもっていた。
練習も終わり、汗まみれのTシャツを脱いでいた。タオルで身体を拭き、またきれいな服を着た。そこにゆり江という子が近寄ってきた。
「あの子、決めたね」とぼくは言った。
「ありがとうございます。久し振りにみたら、上達していた」
「じゃあ、もっと頻繁にみにくるといいよ」
「ありがとうございます。いろいろ」
「お礼はメインのコーチに言って。ぼくはただのアシスタントに過ぎないし、3年間はラグビーしかしてなかったから」
彼女は、そのまま立ち去り弟と連れ立って歩き出した。ぼくはある視線を感じている。ぼくは、サッカー少年の母のひとりとある関係があった。彼女は、今日そこに来ていた。ぼくが歩く方向に彼女がいた。誰からも適度な距離があり、ぼくらの会話は誰の耳にも入らないだろうな、という安心感があった。
「いつも、ありがとう。今日は若い子がいるから張り切っていたの?」彼女は、特有の笑顔でぼくに挑むように話しかけた。
「そんなんじゃないですよ。ただの妹の友人みたいです」
「ひろし君は、油断が出来ないからね。今度いつ会えるの?」
「当分は暇なんで決めてください」そこに彼女の息子が現われ、ぼくらの会話は彼の耳に入れてもよいような話題に変わった。
「近藤さん、さようなら」と、その少年は大きな声で言った。彼女も振り向き、ぼくに手を振った。ぼくは小さく会釈をし、その場の動揺が去ったことを喜んでいた。
ぼくは年長のコーチとビールを一杯だけ飲むことに決め、そばの店に入った。彼女は今日のゆり江という子の評価をあれこれ巡らし、ぼくに同意を求めたり、相槌や反論を要求した。ぼくもそれに参加しながらも、自分がどうしようもない考えで世の中を渡っているような嫌悪感をかすかに覚えていた。そして、ビールのグラスはぬるくなることもなく一瞬で消えてしまい、そのまま店を出た。
ぼくもサッカーを教えながら、自分の身体が次第に黒くなっていくことに気づいていく。大学が休みになった午後の数時間をそういう風に使っていると、有意義な感じがとてもした。身体から汗を失い、心地よい風が流れると、自分の肌が快感の媒体でもあるような印象があった。
途中に休憩を挟むと、そこにはお母さんや家族が差し入れをしてくれたものがあった。ぼくは一人の少年が10代らしい女性と話しているところに視線が向かった。
「あっ、昨日のコンビニの子?」
「山田ゆり江です。この子の姉です。なにか飲みますか?」と言って彼女はきれいなコップを探した。
「なんだ、君のお姉ちゃんだったのか?」とぼくはひとりの少年の頭を撫でた。
「妹さんの家で、近藤さんにも会ったことあるんですよ。覚えていません?」
「さあ、若い子の顔は直ぐ変わるから」と安心を与える言葉も見つからず、自分はそう言った。彼女はふてくされたような表情をしたが、直ぐに前の愛嬌のある顔にもどった。
また練習を再開し、2組に分かれて試合をした。ぼくは後ろのほうでディフェンスをしながら全体を見ていた。もうひとりのコーチも相手側で同じポジションをしていた。彼は数回、自分の攻撃の選手のために的確なパスを送り込んだ。ぼくが三年間ラグビーに明け暮れていた間も彼は、サッカーを行っていただけに、その優秀さを実感させるボールの動きだった。
何回かのパスを途中でさえぎり、何回かのパスは小さなストライカーがゴールを決めた。決めたのは、ゆり江という子の弟だった。彼は、お姉ちゃんに手を振った。そっちを向くと彼女も嬉しそうに手を振っていた。18歳がもてる最高の笑顔を彼女はもっていた。
練習も終わり、汗まみれのTシャツを脱いでいた。タオルで身体を拭き、またきれいな服を着た。そこにゆり江という子が近寄ってきた。
「あの子、決めたね」とぼくは言った。
「ありがとうございます。久し振りにみたら、上達していた」
「じゃあ、もっと頻繁にみにくるといいよ」
「ありがとうございます。いろいろ」
「お礼はメインのコーチに言って。ぼくはただのアシスタントに過ぎないし、3年間はラグビーしかしてなかったから」
彼女は、そのまま立ち去り弟と連れ立って歩き出した。ぼくはある視線を感じている。ぼくは、サッカー少年の母のひとりとある関係があった。彼女は、今日そこに来ていた。ぼくが歩く方向に彼女がいた。誰からも適度な距離があり、ぼくらの会話は誰の耳にも入らないだろうな、という安心感があった。
「いつも、ありがとう。今日は若い子がいるから張り切っていたの?」彼女は、特有の笑顔でぼくに挑むように話しかけた。
「そんなんじゃないですよ。ただの妹の友人みたいです」
「ひろし君は、油断が出来ないからね。今度いつ会えるの?」
「当分は暇なんで決めてください」そこに彼女の息子が現われ、ぼくらの会話は彼の耳に入れてもよいような話題に変わった。
「近藤さん、さようなら」と、その少年は大きな声で言った。彼女も振り向き、ぼくに手を振った。ぼくは小さく会釈をし、その場の動揺が去ったことを喜んでいた。
ぼくは年長のコーチとビールを一杯だけ飲むことに決め、そばの店に入った。彼女は今日のゆり江という子の評価をあれこれ巡らし、ぼくに同意を求めたり、相槌や反論を要求した。ぼくもそれに参加しながらも、自分がどうしようもない考えで世の中を渡っているような嫌悪感をかすかに覚えていた。そして、ビールのグラスはぬるくなることもなく一瞬で消えてしまい、そのまま店を出た。