拒絶の歴史(60)
ぼくは二年前の自分を思い出そうとしている。その当時ぼくの横には、裕紀という女性がいた。その子を敬愛している女の子と知り合い、ぼくはデートをする羽目になった。その時とは違い、ぼくには車の免許があり、実家にもどり車を借りた。
待ち合わせの場所にゆり江という子が立っているのが車の中から見えた。彼女に高校生の最後の夏休みの思い出を作ってあげるのも悪くないだろうと考えている。ぼくは憧れ続けた女性と交際しており、その気持ちが変わるわけはないという自信があった。ただ一日を穴埋めするぐらいの気持ちだった。
ぼくは、車を降り彼女に話しかける。秋の気配はまったくなく、このまま永遠に夏が続くのではないかという不安を感じさせるほどの日差しがそこにはあった。その下で彼女はまぶしそうな視線でぼくを見た。きれいなデザインのワンピースを着ており、普段のバイトのときの格好とは大違いだった。そして、ぼくはそのことを誉める。うちの父もなにかと自分の妻を誉めていた。母は照れくさそうにしながらも、いつもそのことを喜んでいた。ぼくは、その気持ちを受け継いでいるのだろうな、ということを実感したケースだった。
彼女は車の横に乗り、いろいろなことを訊きたがった。訊かれれば答えているが、その答えを通じて自分自身の過去を思い出す過程になっていることを自分自身が知る。ぼくの高校生時代の象徴のような女性がいて、その人は誰からも愛され裏切られた経験なんていままで無かったのかもしれない、ということを改めてぼくはそこで知る。ゆり江という子も、そのような彼女の存在を覚えていた一人で、小さなころに習い事の空いた時間に遊んでもらったことを貴重な体験のように胸に刻んでいたらしい。それを奪ったぼくを許さない一面もあるらしいが、だがそれも一部だっただけかもしれない。彼女の発言から推察するに、ぼくのことをある面では気になっていたらしい。ぼくはラグビーで活躍した時代があって、そういう真っ直ぐな栄光を浴びそうだったけど途中で夢は頓挫し、またその敗北が彼女らの頭のなかにあるストーリーと照らし合わせてきれいに映るらしかった。結局は、手に届かないところにはいかなかったのだというぼくにとっては敗北感だが、彼女らにとっては魅力ととれるもののようだ。また、裕紀という子が気に入るのなら、その人は素敵な人間かもしれない錯覚もあった。彼女は、そのごちゃ混ぜになった感情を、そのまま猶予もつけずぶつけてきた。
ぼくらは遊園地に行く。いくつかの乗り物に乗り、ソフトクリームを食べる。ぼくは数歳うえの女性と交際するために背伸びをしていたのだな、とそこで感じていた。彼女は憎しみやら憧れという感情を一瞬のこと見失い、ただこの一日を楽しんでいるようだった。ぼくもその気持ちに付き合うことにより、自分も本当の笑顔を見つけていく。最後には観覧車に乗り、さすがにその頃は前ほどの暑さを忘れさせるような予感があった。
そこを出て、車を飛ばし、港町に行った。大きな船が停留しており、それが風景の一部となっていた。ぼくらは車を降りて散歩し、座れそうなベンチの前で長くなっている陰を探しながら、そこに場所を決めた。
彼女は遠くを見ている。
「楽しい一日になったかな?」と、ぼくは尋ねた。
「裕紀さんも幸せだったのかもしれないですね」
「さあ、どうだろう。君にももっと素敵なひとが現われるんじゃないの?」
「そうだと、いいんですけどね」
「復讐っていうのはあれはどういうことなの?」
「もう気にしないでください」と言って、ぼくの方を振り向いた。「また学校にもどって勉強をする日々が直ぐ待っているんですよね」
ぼくは頷くしかなかった。自分にもそういう日々が待っていた。そこはもう自分で計画し、社会に役立つためのノウハウを取得して旅立つことを約束させられていることだった。大学に行くための詰め込める勉強とは違うものだった。
なんとなく彼女の頬にキスを自分はした。彼女は、もっと本気のことを望んでいた様子で、それも自分はした。このぐらいが、思い出の一部になるだろうと、ぼくは考えていたのかもしれない。だが、なにも考えていなかったのかもしれない。ぼくは、裕紀という存在を忘れ、雪代という自分の大切なものをほかに置き、ただ目の前にいる少女のことだけを考えていた。いずれ大人になり、この日も忘れてしまうんだろうなと思うと淋しい気もしたが、大きな夕日を見ていたら、思い出も憎悪もなにも自分のものではなく、今日この瞬間だけが自分のもののような気がした。
ぼくは二年前の自分を思い出そうとしている。その当時ぼくの横には、裕紀という女性がいた。その子を敬愛している女の子と知り合い、ぼくはデートをする羽目になった。その時とは違い、ぼくには車の免許があり、実家にもどり車を借りた。
待ち合わせの場所にゆり江という子が立っているのが車の中から見えた。彼女に高校生の最後の夏休みの思い出を作ってあげるのも悪くないだろうと考えている。ぼくは憧れ続けた女性と交際しており、その気持ちが変わるわけはないという自信があった。ただ一日を穴埋めするぐらいの気持ちだった。
ぼくは、車を降り彼女に話しかける。秋の気配はまったくなく、このまま永遠に夏が続くのではないかという不安を感じさせるほどの日差しがそこにはあった。その下で彼女はまぶしそうな視線でぼくを見た。きれいなデザインのワンピースを着ており、普段のバイトのときの格好とは大違いだった。そして、ぼくはそのことを誉める。うちの父もなにかと自分の妻を誉めていた。母は照れくさそうにしながらも、いつもそのことを喜んでいた。ぼくは、その気持ちを受け継いでいるのだろうな、ということを実感したケースだった。
彼女は車の横に乗り、いろいろなことを訊きたがった。訊かれれば答えているが、その答えを通じて自分自身の過去を思い出す過程になっていることを自分自身が知る。ぼくの高校生時代の象徴のような女性がいて、その人は誰からも愛され裏切られた経験なんていままで無かったのかもしれない、ということを改めてぼくはそこで知る。ゆり江という子も、そのような彼女の存在を覚えていた一人で、小さなころに習い事の空いた時間に遊んでもらったことを貴重な体験のように胸に刻んでいたらしい。それを奪ったぼくを許さない一面もあるらしいが、だがそれも一部だっただけかもしれない。彼女の発言から推察するに、ぼくのことをある面では気になっていたらしい。ぼくはラグビーで活躍した時代があって、そういう真っ直ぐな栄光を浴びそうだったけど途中で夢は頓挫し、またその敗北が彼女らの頭のなかにあるストーリーと照らし合わせてきれいに映るらしかった。結局は、手に届かないところにはいかなかったのだというぼくにとっては敗北感だが、彼女らにとっては魅力ととれるもののようだ。また、裕紀という子が気に入るのなら、その人は素敵な人間かもしれない錯覚もあった。彼女は、そのごちゃ混ぜになった感情を、そのまま猶予もつけずぶつけてきた。
ぼくらは遊園地に行く。いくつかの乗り物に乗り、ソフトクリームを食べる。ぼくは数歳うえの女性と交際するために背伸びをしていたのだな、とそこで感じていた。彼女は憎しみやら憧れという感情を一瞬のこと見失い、ただこの一日を楽しんでいるようだった。ぼくもその気持ちに付き合うことにより、自分も本当の笑顔を見つけていく。最後には観覧車に乗り、さすがにその頃は前ほどの暑さを忘れさせるような予感があった。
そこを出て、車を飛ばし、港町に行った。大きな船が停留しており、それが風景の一部となっていた。ぼくらは車を降りて散歩し、座れそうなベンチの前で長くなっている陰を探しながら、そこに場所を決めた。
彼女は遠くを見ている。
「楽しい一日になったかな?」と、ぼくは尋ねた。
「裕紀さんも幸せだったのかもしれないですね」
「さあ、どうだろう。君にももっと素敵なひとが現われるんじゃないの?」
「そうだと、いいんですけどね」
「復讐っていうのはあれはどういうことなの?」
「もう気にしないでください」と言って、ぼくの方を振り向いた。「また学校にもどって勉強をする日々が直ぐ待っているんですよね」
ぼくは頷くしかなかった。自分にもそういう日々が待っていた。そこはもう自分で計画し、社会に役立つためのノウハウを取得して旅立つことを約束させられていることだった。大学に行くための詰め込める勉強とは違うものだった。
なんとなく彼女の頬にキスを自分はした。彼女は、もっと本気のことを望んでいた様子で、それも自分はした。このぐらいが、思い出の一部になるだろうと、ぼくは考えていたのかもしれない。だが、なにも考えていなかったのかもしれない。ぼくは、裕紀という存在を忘れ、雪代という自分の大切なものをほかに置き、ただ目の前にいる少女のことだけを考えていた。いずれ大人になり、この日も忘れてしまうんだろうなと思うと淋しい気もしたが、大きな夕日を見ていたら、思い出も憎悪もなにも自分のものではなく、今日この瞬間だけが自分のもののような気がした。