拒絶の歴史(65)
高校時代のラグビーの先輩だった上田さんが通っている大学で学園祭があった。そこは芸術を扱っている大学であり、たくさんの未知なる才能の卵の作品が出展されているので、ぼくにも見に来るようにと彼が誘った。ぼくは週末の土日をつかって行くことにし、電車に乗った。関東近郊にあるその大学まで車窓を眺め、たまには読書をして、そしてときには様々なものを空想しながら車内で揺られていた。
駅まで着き、待ち合わせていた上田さんがそこにいた。過去にともに汗にまみれてラグビーを励んでいたなかだが、ふたりとももうそのスポーツに携わってはいなかった。彼の容貌ももうそれのようではなく垢抜けていて、いかにも芸術方面に目が向いているという服装になっていた。ぼくは、ただの大学生のような格好をしていた。厚めの生地のシャツを着て、チノパンを履いていた。足元には自分のバイト先で安く買ったスニーカーを履いていた。雪代はもっと洗練された服装をしているぼくと歩きたかったが、普段の自分は気取らないこのような服装が好きで、居心地が良かった。
大学の敷地に入ると、ぼくが通っているところとは明らかに雰囲気が違っていた。派手な服装をした人や、突飛な格好をした人も多くいた。その出で立ちで自分をアピールすることに魅力を感じているようだった。ぼくらの大学はもっと人目を気にしているような地域にあった。
上田さんは地図を渡し簡単に説明した後、ぼくから離れた。彼も何かの役目を負っているようで忙しかったらしい。ぼくは、先ずは上田さんが撮った写真から見始めた。彼といっしょに行ったパリの町並みが白黒で写されており、建物も不思議な感じで斜めに切り取られていた。それでバランスが悪いかというと決してそうではなく均衡がはかられ見たものを安心させた。また、未来のどこかの架空の都市のような印象もあり、彼の潜在的な能力の一端を知った。
他にも、絵画の部屋があり、彫刻の部屋もあった。それぞれ素晴らしい作品もあったが、作者の顔が見えない分、ぼくの気持ちにしっくりとしたインパクトもなく、しっかりとした痕跡を残さなかった。次は、洋服のデザインの部屋があった。奇抜なデザインが多くありながらも、それは作品として見る分には申し分がなかった。ぼくは、それらに包まれているここにはいない雪代の存在を意識した。彼女なら、これらのどれも着こなせるような気がしていた。また、何点かは実際に着ている彼女を想像した。
昼になって、また上田さんと合流しホットドックや焼きそばを食べた。彼が、
「オレの写真はどうだった?」と、訊いてきたので率直な感想を述べた。彼のラグビー時代の思い出が多くあった自分は、その変化についていけない部分もあったと告げた。彼は、なにも返事をせずただ黙々と食べていた。いつもの能弁の彼とは違い、ただありのままの自分を楽しんでいるようだった。
その後、また別れ講堂に入ってビックバンドのジャズを聴いた。そのレベルがどの程度であるの分からなかったが、どこかで聞き覚えのある曲をぼくも口ずさんでいることに気付いた。となりの演奏している人の友人たちなのだろうか、そのうちの誰かに声援をおくっていた。
楽器が片付けられ、何組かのバンドが次々に演奏した。ロックがあったりパンクの真似事などもあった。総じてアマチュアの楽しみの範疇から抜け出ていなかったが、それでも素人の音楽はその程度で良いような感じももった。そう考えていると上田さんの写真の美しさをつくづくと感じていたのも事実であった。
最後のミュージシャンのひとりまで結局聴いてしまい、その選択は正しいことであったと後に知ることになる。現れたのはある女性の歌手で薄手の布を身体に巻いていた。遠くからでは分かりにくかったが足は裸足のようでもあった。ピアノのイントロが流れ、彼女がそれに合わせて歌いだすと会場全体が一瞬にして静まった。ぼくの体内にも電流のようなものが走った。ただ呆然とその曲の最後まで聞き終えると、いつの間にか上田さんが横に来ていた。
「彼女、凄いだろ?」と彼も正面を向いたまま言った。ぼくは彼に見えているのか知らないが、首だけ動かして答えの代わりにした。
その夜は上田さんの家に一泊することになっていた。きれいに整頓された彼の部屋で、ぼくらはビールを飲み、何人かの友人たちに紹介された。
「あの子も来るよ」とぼくがさっきの歌手への衝撃を話していると、誰かがそう言った。
高校時代のラグビーの先輩だった上田さんが通っている大学で学園祭があった。そこは芸術を扱っている大学であり、たくさんの未知なる才能の卵の作品が出展されているので、ぼくにも見に来るようにと彼が誘った。ぼくは週末の土日をつかって行くことにし、電車に乗った。関東近郊にあるその大学まで車窓を眺め、たまには読書をして、そしてときには様々なものを空想しながら車内で揺られていた。
駅まで着き、待ち合わせていた上田さんがそこにいた。過去にともに汗にまみれてラグビーを励んでいたなかだが、ふたりとももうそのスポーツに携わってはいなかった。彼の容貌ももうそれのようではなく垢抜けていて、いかにも芸術方面に目が向いているという服装になっていた。ぼくは、ただの大学生のような格好をしていた。厚めの生地のシャツを着て、チノパンを履いていた。足元には自分のバイト先で安く買ったスニーカーを履いていた。雪代はもっと洗練された服装をしているぼくと歩きたかったが、普段の自分は気取らないこのような服装が好きで、居心地が良かった。
大学の敷地に入ると、ぼくが通っているところとは明らかに雰囲気が違っていた。派手な服装をした人や、突飛な格好をした人も多くいた。その出で立ちで自分をアピールすることに魅力を感じているようだった。ぼくらの大学はもっと人目を気にしているような地域にあった。
上田さんは地図を渡し簡単に説明した後、ぼくから離れた。彼も何かの役目を負っているようで忙しかったらしい。ぼくは、先ずは上田さんが撮った写真から見始めた。彼といっしょに行ったパリの町並みが白黒で写されており、建物も不思議な感じで斜めに切り取られていた。それでバランスが悪いかというと決してそうではなく均衡がはかられ見たものを安心させた。また、未来のどこかの架空の都市のような印象もあり、彼の潜在的な能力の一端を知った。
他にも、絵画の部屋があり、彫刻の部屋もあった。それぞれ素晴らしい作品もあったが、作者の顔が見えない分、ぼくの気持ちにしっくりとしたインパクトもなく、しっかりとした痕跡を残さなかった。次は、洋服のデザインの部屋があった。奇抜なデザインが多くありながらも、それは作品として見る分には申し分がなかった。ぼくは、それらに包まれているここにはいない雪代の存在を意識した。彼女なら、これらのどれも着こなせるような気がしていた。また、何点かは実際に着ている彼女を想像した。
昼になって、また上田さんと合流しホットドックや焼きそばを食べた。彼が、
「オレの写真はどうだった?」と、訊いてきたので率直な感想を述べた。彼のラグビー時代の思い出が多くあった自分は、その変化についていけない部分もあったと告げた。彼は、なにも返事をせずただ黙々と食べていた。いつもの能弁の彼とは違い、ただありのままの自分を楽しんでいるようだった。
その後、また別れ講堂に入ってビックバンドのジャズを聴いた。そのレベルがどの程度であるの分からなかったが、どこかで聞き覚えのある曲をぼくも口ずさんでいることに気付いた。となりの演奏している人の友人たちなのだろうか、そのうちの誰かに声援をおくっていた。
楽器が片付けられ、何組かのバンドが次々に演奏した。ロックがあったりパンクの真似事などもあった。総じてアマチュアの楽しみの範疇から抜け出ていなかったが、それでも素人の音楽はその程度で良いような感じももった。そう考えていると上田さんの写真の美しさをつくづくと感じていたのも事実であった。
最後のミュージシャンのひとりまで結局聴いてしまい、その選択は正しいことであったと後に知ることになる。現れたのはある女性の歌手で薄手の布を身体に巻いていた。遠くからでは分かりにくかったが足は裸足のようでもあった。ピアノのイントロが流れ、彼女がそれに合わせて歌いだすと会場全体が一瞬にして静まった。ぼくの体内にも電流のようなものが走った。ただ呆然とその曲の最後まで聞き終えると、いつの間にか上田さんが横に来ていた。
「彼女、凄いだろ?」と彼も正面を向いたまま言った。ぼくは彼に見えているのか知らないが、首だけ動かして答えの代わりにした。
その夜は上田さんの家に一泊することになっていた。きれいに整頓された彼の部屋で、ぼくらはビールを飲み、何人かの友人たちに紹介された。
「あの子も来るよ」とぼくがさっきの歌手への衝撃を話していると、誰かがそう言った。