拒絶の歴史(64)
何人かがぼくの前に現れ、そのまま素通りし、何人かは決定的な印象を残した後に退場した。そして、何人かはいまだに嬉しいことに留まっている。ある関係を連続した形で取り出してみると、自分の成長や失敗を克服する方法などが見えてきた。また、自分の残酷さの記憶もそこにあった。だが、数回しか会わなかった人々も何らかのことを教えてくれた。だが、それぞれの出会いが貴重なものだったと認識するのは、もっと後のことでそれを取り出したいと思ったとしても、今となってはもう何をすることも、関係性を変化させることもできなかった。
こうして段々と大人になっていくのだろう。もう、誰を傷つけたりしない覚悟や、1度しか会わない人々にも優しく接しようとかと決めて。だが、それは往々にして守れないことの方が多かったような気もする。それも、人間が現在形で生存している以上、ある程度は仕方がないことだった。
大学の講義が終わり、バイト先に向かう途中に斉藤という女性の友人と歩いている。彼女とは1年半ぐらいの交友があった。おなじ建築を学んでおりお互いの知識を共有することを目的とした関係だった。ぼくは、大学での勉強とは別にスポーツ用品を売ったり、また休日にサッカーの練習を小さな子たちに教えている時間もたまらないほど好きだった。だが、そのときはそれぞれの知識の習得度合いを話し合っていた。いつかそうした就職口を探すとしても、好きなだけでは仕事にならず、ある程度以上の専門知識を有し、他の人の点検する視線や資格を通して証明しないと役立たないことが多かった。先生ももちろんそういう目を持っていたが、お互い率直な意見を言い合うことで、ぼくらは最初の検査をした。
いつも、そういう話をしていたばかりではない。彼女の恋人の話もぼくは聞いた。男の人の気持ちが分からない、と彼女はよくこぼした。ぼくも女性の気持ちなど分からなかったが、それでも困ることはなかった。ただ、彼女らはぼくにとっても異次元のような存在で、感情が別の機械のような動きであったとしても、それに惹かれてしまうぼくの感情がある限り、それをどうこうすることも考えられなかった。斉藤さんと建築のことを話している限り、ぼくは性差を感じることもなかったが。
結局、彼女とは店の前まで歩いて別れた。スポーツをしたことのない彼女にとって、どういう人間が店の中に入るのか想像できないらしい。ぼくは奥にカバンを置き、店での対応を店長と交代した。彼は、そのまま軽トラックの鍵を握り締め、どこかに配達に行った。
店の奥から店長の奥さんが出てきて、ぼくにグラスに入ったジュースを運んでくれた。これから、幼稚園に娘を迎えに行くらしい。ぼくは、斉藤さんと話した内容を彼女に相談してみた。
「そういう心配をするのも恋をしている証拠なのね。もう忘れちゃったよ」と、なんの解決策も与えてくれなかったが、彼女の自然な笑顔でぼくの表情もほころんだ。そして、彼女の出て行く背中を見つめ、ぼくは冷たい飲み物を飲んだ。
それから数時間はたらき、店を出ると今日も閉まったシャッターの前で、ひとりのギターを抱えたミュージシャンが演奏をしていた。聴いているひとも徐々に増え、拍手をしたり手や足でリズムをとっていた。誰かの熱烈な声援を学生時代に聞いた自分は、なぜかそれをうらやましく感じ、そしていまの生活をかすかにさびしくも思っていた。そうした思いでちょっとだけ立ち止まり聴いていた。
その歌は、多くがそうであるように男女の出会いと別れが歌われていた。女性は背伸びをして男性に合わせようとしていた。その無理はいつか破綻につながり、こころもいくらか疲れ果てていく。そして、「もっと優しい男性を探すように」という男性の言葉で終わる。ありふれた内容だと思ってはいたが、そのときのぼくにとっては重大な宣言のようでもあった。ぼくは、まだ恋がなんであるかを知りもしない高校生を楽しくない感じでいたぶっていた気がする。それは誰にも見つからない罪であったが、罪であることには間違いがなかった。自分が犯した間違いを認めることは簡単であったが、実際に頭を下げたりすることは会えない以上できなかった。そして、ぼくもずるくはあるが、もっとまともな男性を探してくれ、ということしか解決策はないのだろう。
ぼくは、雪代以上のひとを探すという必要もない変わりに、その位置をひとに譲る気もなかった。ただ、現状維持かすこしの上昇を求めているだけだった。その代わりに誰かのこころを犠牲にして、それを歌を聴いて、心地良い感情移入を通して陶酔しているのだった。ずるいとも言えたし卑怯だとも言えた。
そんなに責めることもなかったかもしれないが、高校生のまだ未完のこころを傷つけてしまったという予測かもしくは誤解に怯えていた。ミュージシャンの周りには暖かな感情が行き交っているようだった。ぼくは、その曲の印象を捨てたくなかったので、次の曲のイントロが始まると、自然と自分のアパート方面に足を向けた。
何人かがぼくの前に現れ、そのまま素通りし、何人かは決定的な印象を残した後に退場した。そして、何人かはいまだに嬉しいことに留まっている。ある関係を連続した形で取り出してみると、自分の成長や失敗を克服する方法などが見えてきた。また、自分の残酷さの記憶もそこにあった。だが、数回しか会わなかった人々も何らかのことを教えてくれた。だが、それぞれの出会いが貴重なものだったと認識するのは、もっと後のことでそれを取り出したいと思ったとしても、今となってはもう何をすることも、関係性を変化させることもできなかった。
こうして段々と大人になっていくのだろう。もう、誰を傷つけたりしない覚悟や、1度しか会わない人々にも優しく接しようとかと決めて。だが、それは往々にして守れないことの方が多かったような気もする。それも、人間が現在形で生存している以上、ある程度は仕方がないことだった。
大学の講義が終わり、バイト先に向かう途中に斉藤という女性の友人と歩いている。彼女とは1年半ぐらいの交友があった。おなじ建築を学んでおりお互いの知識を共有することを目的とした関係だった。ぼくは、大学での勉強とは別にスポーツ用品を売ったり、また休日にサッカーの練習を小さな子たちに教えている時間もたまらないほど好きだった。だが、そのときはそれぞれの知識の習得度合いを話し合っていた。いつかそうした就職口を探すとしても、好きなだけでは仕事にならず、ある程度以上の専門知識を有し、他の人の点検する視線や資格を通して証明しないと役立たないことが多かった。先生ももちろんそういう目を持っていたが、お互い率直な意見を言い合うことで、ぼくらは最初の検査をした。
いつも、そういう話をしていたばかりではない。彼女の恋人の話もぼくは聞いた。男の人の気持ちが分からない、と彼女はよくこぼした。ぼくも女性の気持ちなど分からなかったが、それでも困ることはなかった。ただ、彼女らはぼくにとっても異次元のような存在で、感情が別の機械のような動きであったとしても、それに惹かれてしまうぼくの感情がある限り、それをどうこうすることも考えられなかった。斉藤さんと建築のことを話している限り、ぼくは性差を感じることもなかったが。
結局、彼女とは店の前まで歩いて別れた。スポーツをしたことのない彼女にとって、どういう人間が店の中に入るのか想像できないらしい。ぼくは奥にカバンを置き、店での対応を店長と交代した。彼は、そのまま軽トラックの鍵を握り締め、どこかに配達に行った。
店の奥から店長の奥さんが出てきて、ぼくにグラスに入ったジュースを運んでくれた。これから、幼稚園に娘を迎えに行くらしい。ぼくは、斉藤さんと話した内容を彼女に相談してみた。
「そういう心配をするのも恋をしている証拠なのね。もう忘れちゃったよ」と、なんの解決策も与えてくれなかったが、彼女の自然な笑顔でぼくの表情もほころんだ。そして、彼女の出て行く背中を見つめ、ぼくは冷たい飲み物を飲んだ。
それから数時間はたらき、店を出ると今日も閉まったシャッターの前で、ひとりのギターを抱えたミュージシャンが演奏をしていた。聴いているひとも徐々に増え、拍手をしたり手や足でリズムをとっていた。誰かの熱烈な声援を学生時代に聞いた自分は、なぜかそれをうらやましく感じ、そしていまの生活をかすかにさびしくも思っていた。そうした思いでちょっとだけ立ち止まり聴いていた。
その歌は、多くがそうであるように男女の出会いと別れが歌われていた。女性は背伸びをして男性に合わせようとしていた。その無理はいつか破綻につながり、こころもいくらか疲れ果てていく。そして、「もっと優しい男性を探すように」という男性の言葉で終わる。ありふれた内容だと思ってはいたが、そのときのぼくにとっては重大な宣言のようでもあった。ぼくは、まだ恋がなんであるかを知りもしない高校生を楽しくない感じでいたぶっていた気がする。それは誰にも見つからない罪であったが、罪であることには間違いがなかった。自分が犯した間違いを認めることは簡単であったが、実際に頭を下げたりすることは会えない以上できなかった。そして、ぼくもずるくはあるが、もっとまともな男性を探してくれ、ということしか解決策はないのだろう。
ぼくは、雪代以上のひとを探すという必要もない変わりに、その位置をひとに譲る気もなかった。ただ、現状維持かすこしの上昇を求めているだけだった。その代わりに誰かのこころを犠牲にして、それを歌を聴いて、心地良い感情移入を通して陶酔しているのだった。ずるいとも言えたし卑怯だとも言えた。
そんなに責めることもなかったかもしれないが、高校生のまだ未完のこころを傷つけてしまったという予測かもしくは誤解に怯えていた。ミュージシャンの周りには暖かな感情が行き交っているようだった。ぼくは、その曲の印象を捨てたくなかったので、次の曲のイントロが始まると、自然と自分のアパート方面に足を向けた。