拒絶の歴史(66)
上田さんの家に何人かが来て、何人かが飲み飽きたのだろうか出て行った。それで、中にいる人数としては7、8人という一定の数に保たれていた。そこに、ある少女とでも呼べそうな小柄な子が入って来た。
「あの子だよ」と、また誰かが言った。
「えっ?」ぼくは、あまりにも華奢でエキセントリックなところのない彼女に拍子抜けした。あんなにも自信に満ち溢れていたステージ上の彼女は一体どこに消えてしまったのだろう、と逆に心配にもなった。うつむき加減で自分の座るべき場所を見つけ、それでもどこか居心地の悪そうな彼女の姿がぼくの目の端にあった。
「あけみちゃんのこと、こいつ誉めていたよ」と、上田さんが口火を切った。「オレがラグビーをしていたときの後輩だけど、それは優秀だったんだぜ」
彼女はぼくの方をちらっと見た。まるで、ラグビーという言葉を生まれて始めて聞いたような表情をしていた。その言葉を何と結び付けてよいのか分からないような表情でもあった。
「いまは、もう辞めてしまったけど、母校はぼくがいなくなってからの方が強くなっています。上田さんがいなくなってからでもありますが」と、いくらか自虐的に言った。その皮肉なユーモアだけは解したかのように彼女はちょっと笑った。酔い始めた上田さんはもっと笑っていた。そこから、上田さんがラグビー時代の話をかいつまんで披露した。彼の話術にかかると、それはとても美しく愉快なものに変貌した。最後にはぼくの話になり、
「高校のころのガールフレンドを捨て、いまは東京でモデルをしている人に誘惑されて同棲をはじめた無謀な勇気あるやつ」と、締めくくった。単純に考えれば、ぼくの生き方の表紙にはそう書かれるのが必然だったのだろう。ぼくは酔った頭でひとごとのようにその話をきいていた。
あけみという子は透き通った目でぼくのことを見た。そのレッテルは正しいものか一瞬にして判断してしまおうという勢いがあった。どう思われても良かったがなるべくなら違った面も見てほしかった。しかし、彼女の目には、そんな人でもないんじゃないのかしら? というように映っているらしかった。ぼくは、その視線がいささか気詰まりで冷蔵庫から新しいビールを取りに行った。
何度かは笑い合う時間があり、静まる時間もあった。その起伏は時間とともに段々と少なくなっていった。
その後、何人かは足元をふらつかせながら帰っていき、何人かはまったくの素面のような足取りでそこを出て行った。ぼくと上田さんは空いた缶をビニール袋に突っ込み、部屋の窓をちょっと開けて換気をして空気を入れ替え、お互いシャワーを浴びて布団に入った。
「どうだった? オレの大学や友人たちも楽しいだろう?」と彼は横で言った。答えを待つでもなく、彼のすこやかないびきが暗くなった部屋でぼくの耳にまで届いてきた。
翌日もきれいな秋の空が上空にあった。ぼくらは簡単な食事を済ませ、彼の家を出て大学に向かった。昨日、見尽したものは除外し、何点かの作品を見た。午後には演劇があるらしく、その前に用事のあった上田さんのガールフレンドが車で来てぼくらと合流した。ぼくとその智美という女性は幼馴染でもあり、ある日ぼくと上田さんと一緒に食事をしてから仲が発展し交際をした。ぼくも智美の友人と付き合っていたが、楽しくない別れ方をしたのでいつの日かぼくらの間には溝ができていた。そのことを今は棚に上げ、ぼくらは一緒に演劇を見ている。ぼくは、そのステージに馴染めない自分を感じていた。彼らはいささか張り切りすぎているようなきらいがあった。そのことに気づいてから、ぼくのこころは高揚することもなく他人の人生を傍観的に眺めていた。昨日の、あの女性のステージをもう一度見たいものだと思っている自分がそこにはっきりといた。だが、それは不可能だろう。それから、その長い劇は終わり、もっと軽いコメディアンの卵のような学生たちが何人か現われた。ぼくは気楽な気持ちに戻り、腹をかかえて笑った。横で、上田さんも智美も同じようにしていた。笑いの効用なのだろうか自然とお腹も空き、高級なものではないが秋の空のしたで食べるものは不思議とおいしく感じられるものである。
上田さんは横を通る友人たちと会話をして、ぼくらの席に引っ張り込んだ。彼の社交的な面を知ってはいたが、こういう場面に多く遭遇すると、あの泥だらけになっていっしょに運動していた頃の彼もなつかしく感じられた。また、自分の社会を広げることもぼくにも求められているということが動かない証拠として実感できた。
上田さんの家に何人かが来て、何人かが飲み飽きたのだろうか出て行った。それで、中にいる人数としては7、8人という一定の数に保たれていた。そこに、ある少女とでも呼べそうな小柄な子が入って来た。
「あの子だよ」と、また誰かが言った。
「えっ?」ぼくは、あまりにも華奢でエキセントリックなところのない彼女に拍子抜けした。あんなにも自信に満ち溢れていたステージ上の彼女は一体どこに消えてしまったのだろう、と逆に心配にもなった。うつむき加減で自分の座るべき場所を見つけ、それでもどこか居心地の悪そうな彼女の姿がぼくの目の端にあった。
「あけみちゃんのこと、こいつ誉めていたよ」と、上田さんが口火を切った。「オレがラグビーをしていたときの後輩だけど、それは優秀だったんだぜ」
彼女はぼくの方をちらっと見た。まるで、ラグビーという言葉を生まれて始めて聞いたような表情をしていた。その言葉を何と結び付けてよいのか分からないような表情でもあった。
「いまは、もう辞めてしまったけど、母校はぼくがいなくなってからの方が強くなっています。上田さんがいなくなってからでもありますが」と、いくらか自虐的に言った。その皮肉なユーモアだけは解したかのように彼女はちょっと笑った。酔い始めた上田さんはもっと笑っていた。そこから、上田さんがラグビー時代の話をかいつまんで披露した。彼の話術にかかると、それはとても美しく愉快なものに変貌した。最後にはぼくの話になり、
「高校のころのガールフレンドを捨て、いまは東京でモデルをしている人に誘惑されて同棲をはじめた無謀な勇気あるやつ」と、締めくくった。単純に考えれば、ぼくの生き方の表紙にはそう書かれるのが必然だったのだろう。ぼくは酔った頭でひとごとのようにその話をきいていた。
あけみという子は透き通った目でぼくのことを見た。そのレッテルは正しいものか一瞬にして判断してしまおうという勢いがあった。どう思われても良かったがなるべくなら違った面も見てほしかった。しかし、彼女の目には、そんな人でもないんじゃないのかしら? というように映っているらしかった。ぼくは、その視線がいささか気詰まりで冷蔵庫から新しいビールを取りに行った。
何度かは笑い合う時間があり、静まる時間もあった。その起伏は時間とともに段々と少なくなっていった。
その後、何人かは足元をふらつかせながら帰っていき、何人かはまったくの素面のような足取りでそこを出て行った。ぼくと上田さんは空いた缶をビニール袋に突っ込み、部屋の窓をちょっと開けて換気をして空気を入れ替え、お互いシャワーを浴びて布団に入った。
「どうだった? オレの大学や友人たちも楽しいだろう?」と彼は横で言った。答えを待つでもなく、彼のすこやかないびきが暗くなった部屋でぼくの耳にまで届いてきた。
翌日もきれいな秋の空が上空にあった。ぼくらは簡単な食事を済ませ、彼の家を出て大学に向かった。昨日、見尽したものは除外し、何点かの作品を見た。午後には演劇があるらしく、その前に用事のあった上田さんのガールフレンドが車で来てぼくらと合流した。ぼくとその智美という女性は幼馴染でもあり、ある日ぼくと上田さんと一緒に食事をしてから仲が発展し交際をした。ぼくも智美の友人と付き合っていたが、楽しくない別れ方をしたのでいつの日かぼくらの間には溝ができていた。そのことを今は棚に上げ、ぼくらは一緒に演劇を見ている。ぼくは、そのステージに馴染めない自分を感じていた。彼らはいささか張り切りすぎているようなきらいがあった。そのことに気づいてから、ぼくのこころは高揚することもなく他人の人生を傍観的に眺めていた。昨日の、あの女性のステージをもう一度見たいものだと思っている自分がそこにはっきりといた。だが、それは不可能だろう。それから、その長い劇は終わり、もっと軽いコメディアンの卵のような学生たちが何人か現われた。ぼくは気楽な気持ちに戻り、腹をかかえて笑った。横で、上田さんも智美も同じようにしていた。笑いの効用なのだろうか自然とお腹も空き、高級なものではないが秋の空のしたで食べるものは不思議とおいしく感じられるものである。
上田さんは横を通る友人たちと会話をして、ぼくらの席に引っ張り込んだ。彼の社交的な面を知ってはいたが、こういう場面に多く遭遇すると、あの泥だらけになっていっしょに運動していた頃の彼もなつかしく感じられた。また、自分の社会を広げることもぼくにも求められているということが動かない証拠として実感できた。