拒絶の歴史(67)
日曜も夕方になった。上田さんに誘ってくれたことと泊めてもらったことの感謝を述べた。彼は照れたように頷いていた。見るべきものもなくなり後は帰るだけになったが、そこへ昨日歌をうたった女性が通りがかった。上田さんと会話をし、ぼくも行き掛かり上、声をかけなければならなくなり、2、3言話しかけた。彼女は、それぞれの言葉を理解するのに通過すべき場所がたくさんあるかのように返事まで時間がかかった。それが独特なリズムを彼女に与えていた。ぼくはこころに不自然な気持ちを抱きながら、その返答を待った。また、いつか会えるのか分からなかったが、誰かの聴くべき立派な聴力がある世界ならば、彼女の声は放っておかれないだろうと思っていた。しかし、生存とか伸し上がるとかいう言葉は、彼女にとって似つかわしくなかった。ただ、あるべき姿で留まっていてほしかった。
智美という幼馴染みが車で来ていたので、ぼくも今更電車で帰るということは不自然だった。「同乗していけよ」と上田さんが言ったので、彼女の方を見ると、「どうぞ」という表情をしていたので、それに甘えることにした。彼女と二人きりになるのは、かなり前のことだったので、その機会を思い出すこともできなかった。
ぼくらは上田さんが見守る中、いっしょに車に乗り、窓を開けて彼に最後の別れの言葉を告げ、そこを出発した。車は思ったより順調にすすみ、直ぐに高速道路に乗っかった。
話さない重苦しい雰囲気もあったが、彼女の方から口を開いた。
「あのひとと、まだ続いているんだ?」
「もちろん」
「喧嘩一つせず?」
「あんまりしないよ。彼女も大人だし」
「ずっと気持ちも変わらず」
「そうだね」
そのように会話はすすんでいるような印象をもったが、両者の間には一人の女性が無言で留まっていた。
「あの子のこと、思い出す?」
「思い出さない日の方が少ないよ」
「でも、河口さんの方がいいんだよね」
「そういう選択をしたのは、自分だよ」
言葉を挟まないときには、音楽が静寂を打ち破り、いつのまにか窓の外も暗くなって、車の後部のライトが色鮮やかになっていく。彼女の運転はきちんとしており、隣にいる自分に不安感を与えなかった。ブレーキのタイミングが違うひとの車に乗ると、その分だけ余計に疲れたが、そのようなこともなかった。
「上田さんとはどう?」
「今日見た通りのままだよ」その答えならば自分の視力で知っていた。それから、彼女は自分の生活のことを話し、またぼくの家族のことも話した。妹や自分の母とも彼女は交友があって、ぼくのうわさもそこで出るらしい。あまり、家族との縁を薄くしているような自分に彼らは不満をもっているらしい。しかし、河口雪代という存在を認めない以上、ぼくらの間は平行線をたどるのだとも思っていたし、その結果がどのようになるかを覚悟しなければならなかった。自分の選んだ過去の問題で、ぼくらの間に溝が作られ、それを誰も修復する気もなかった。
車は高速を降りて、一般の道に入った。ぼくらはお腹の空き具合を考え、小さな大衆的なレストランに入った。彼女はサラダとハンバーグを注文し、ぼくは魚のグリルと、アルコールを飲んでもいいかと彼女に訊き、了承されたので白ワインを頼んだ。
そうしていると、ぼくらの間のわだかまりも消え、以前のような関係になったような感じだった。しかし、許すべき問題があり、人間関係が複雑になっていく大人に移行していく段階なので、昔のままの状態など当然のようにありえなかった。それで、失うなにかもあれば、もっと形態を変えても維持していく間柄もあるのだろう、と考える。ぼくはグラスを傾け、もう会わなくなってから時間が経過したいく人かの顔を思い出そうと努めた。しかし、何人かは、もう薄ぼんやりとしか思い出せない事実に今更ながら驚いていた。
日曜も夕方になった。上田さんに誘ってくれたことと泊めてもらったことの感謝を述べた。彼は照れたように頷いていた。見るべきものもなくなり後は帰るだけになったが、そこへ昨日歌をうたった女性が通りがかった。上田さんと会話をし、ぼくも行き掛かり上、声をかけなければならなくなり、2、3言話しかけた。彼女は、それぞれの言葉を理解するのに通過すべき場所がたくさんあるかのように返事まで時間がかかった。それが独特なリズムを彼女に与えていた。ぼくはこころに不自然な気持ちを抱きながら、その返答を待った。また、いつか会えるのか分からなかったが、誰かの聴くべき立派な聴力がある世界ならば、彼女の声は放っておかれないだろうと思っていた。しかし、生存とか伸し上がるとかいう言葉は、彼女にとって似つかわしくなかった。ただ、あるべき姿で留まっていてほしかった。
智美という幼馴染みが車で来ていたので、ぼくも今更電車で帰るということは不自然だった。「同乗していけよ」と上田さんが言ったので、彼女の方を見ると、「どうぞ」という表情をしていたので、それに甘えることにした。彼女と二人きりになるのは、かなり前のことだったので、その機会を思い出すこともできなかった。
ぼくらは上田さんが見守る中、いっしょに車に乗り、窓を開けて彼に最後の別れの言葉を告げ、そこを出発した。車は思ったより順調にすすみ、直ぐに高速道路に乗っかった。
話さない重苦しい雰囲気もあったが、彼女の方から口を開いた。
「あのひとと、まだ続いているんだ?」
「もちろん」
「喧嘩一つせず?」
「あんまりしないよ。彼女も大人だし」
「ずっと気持ちも変わらず」
「そうだね」
そのように会話はすすんでいるような印象をもったが、両者の間には一人の女性が無言で留まっていた。
「あの子のこと、思い出す?」
「思い出さない日の方が少ないよ」
「でも、河口さんの方がいいんだよね」
「そういう選択をしたのは、自分だよ」
言葉を挟まないときには、音楽が静寂を打ち破り、いつのまにか窓の外も暗くなって、車の後部のライトが色鮮やかになっていく。彼女の運転はきちんとしており、隣にいる自分に不安感を与えなかった。ブレーキのタイミングが違うひとの車に乗ると、その分だけ余計に疲れたが、そのようなこともなかった。
「上田さんとはどう?」
「今日見た通りのままだよ」その答えならば自分の視力で知っていた。それから、彼女は自分の生活のことを話し、またぼくの家族のことも話した。妹や自分の母とも彼女は交友があって、ぼくのうわさもそこで出るらしい。あまり、家族との縁を薄くしているような自分に彼らは不満をもっているらしい。しかし、河口雪代という存在を認めない以上、ぼくらの間は平行線をたどるのだとも思っていたし、その結果がどのようになるかを覚悟しなければならなかった。自分の選んだ過去の問題で、ぼくらの間に溝が作られ、それを誰も修復する気もなかった。
車は高速を降りて、一般の道に入った。ぼくらはお腹の空き具合を考え、小さな大衆的なレストランに入った。彼女はサラダとハンバーグを注文し、ぼくは魚のグリルと、アルコールを飲んでもいいかと彼女に訊き、了承されたので白ワインを頼んだ。
そうしていると、ぼくらの間のわだかまりも消え、以前のような関係になったような感じだった。しかし、許すべき問題があり、人間関係が複雑になっていく大人に移行していく段階なので、昔のままの状態など当然のようにありえなかった。それで、失うなにかもあれば、もっと形態を変えても維持していく間柄もあるのだろう、と考える。ぼくはグラスを傾け、もう会わなくなってから時間が経過したいく人かの顔を思い出そうと努めた。しかし、何人かは、もう薄ぼんやりとしか思い出せない事実に今更ながら驚いていた。