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雑貨生活(7)

2014年11月19日 | 雑貨生活
雑貨生活(7)

 ぼくは、ひとに会ったときに感じる疲れを翌日まで連れてきてしまっている。幼子の手を引くように。彼女は、なんだか怒っている。調整をのぞんだ面会で、古風な和式な建築物の接合部のようにうまく組み合わされなかったことを悔やみ、恨んでいた。

 なぜか、彼女は担当者と同じく、ぼくの向かいにすわっていた。ぼくはその立場の差異に戸惑っていた。彼女はぼくといっしょに質問の受け答えをしたり、援助をするのが役目ではなかったのか。帰りにそのことを訊く。

「チャンスはフェアじゃなきゃ」

 そもそも、自分の交遊関係を利用しての対面など、ぼくに分こそあれ、足を引っ張るような真似はしなくてもいいように思う。ぼくは履歴書のように自分の書きあげた短編をそっと出す。男性はそっと読みだす。

「コピーは?」
「あります。プリントなら何度でもできますから」

 オリジナルがむずかしい世の中。世界にひとつしかないサイン。マリー・アントワネットのジュエリー。

「帰ってから、ゆっくりと読みますね。きょうは楽しく食事でもしましょう」

 だが、楽しいのはふたりだけのようだった。彼女のドラマをべた褒めしている。もちろん、される理由もある。ぼくも何度も見て、来週を楽しみにしていた。彼らの話は尽きない。ぼくはネクタイがもたらす苦しみすら感じはじめていた。ひとは機転の利くタイプと会って夜の時間を楽しみたいのだ。彼女はどこまでも能弁になれた。その行為はぼくへの援護射撃であることは知っている。しかし、いささかやり過ぎているようにも映る。ふたりが恋人同士でぼくは見届ける親戚のようだった。ぼくはあるいは嫉妬深いのだろうか。

「普段は、家庭料理を味わっているんですよね?」

 当然のことを当然のこととして訊く。ひとはそこから逃れられない。

「彼女のたけのこ、おいしいですよ」
「そんな繊細なこともするんですね」ハンサムくんは、料理に使うべき語彙を知らないのかもしれない。ぼくは嫉妬を加速させる。いや、自分の劣等感の出口を誤りだしている。

「あれ、全部食べた?」
「食べたよ」

 彼女のたけのこ理論を担当者は聞いている。ひとの好みはずっと同じで一定しているのだと。「わたしの方から好きになったけど、彼の前の恋人と自分が正反対なので、告白されることもないのは知っていたし、反対にそれとなくわたしをどう思っているのか探りを入れても、煮え切らないし、決心して、わたしが好きと告げたら、オーケーしてくれた。あっさりと。でもね、これも復讐なのよ。彼は前のたけのこを好きなままなのよ。わたしは、煮こごりかなんか」

 担当者は素敵な感じで笑う。いや、不敵な笑いか。

「男性なんか、そんなものですよ。初恋をひきずり、簡単に終わらせてしまった恋を裏表にしたりして点検して」

「いや、この通り、ぼくは彼女を好きでいられる」ことばというのは微妙に変化してしまう、口から出る際に。

 ぼくらは帰り道を歩いている。

「好きでいられる? むりやり、好きになってくれているってこと?」

 口げんかのための口げんか。それ以降も、ぼくの応対のまずさを並べている。ぼくは書きかけの傑作に意識を集中しだした。胃から腸に、きょう口にしたものが移行していく。ぼくの傑作もそういう過程を踏んでいるのだろう。産道を抜ける。お母さんは苦しむ。もう少しの辛抱だ。

「読んでくれるのかね?」ぼくの質問。

「わたし、それ、読んだっけ?」彼女の再質問。
「朝のうちに書き直したから、ちょっと変わっているよ」
「いま、話して」

 ぼくらは歩いている。電車が横を通り過ぎる。たくさんのひとを運ぶ乗り物。家族が待つ家。ぼくは好きと証明できるのか。たけのこに飽きて、カボチャだって好きになれる。いや、こちらの方がおいしいのだ。復讐なんて、そんな野暮な言葉を持ち出してはいけない。

「おもしろそうね。でも、なにかが欠けている。足りてない」
「どんなこと?」
「ガッツのようなもの」

「これは、そうしたガッツとか真剣さとか敢えて、排除させるから成功するんだよ」
「そう」ひとは声のトーンだけで小馬鹿にできるのだ。「アイス、冷たいアイス食べたくなった」
「あったかいのも、ぬるいのも、きっと、売ってないよ」
「いやな性格ね、ほんと」

 ぼくはレジ前に並んでいる。ただ、ぼんやりといままで読んだ本のあらすじを頭のなかで棚卸しした。さよならを切り出す物語。出会いという本能的な喜びをあらわす本。後悔という甘美さを示す内容。突き進む状況を壊される変化の時期。

「袋に入れます?」ぼくは現実から遊離していたが、その問いでようやく連れ戻される。
「ひとつでいいの?」

 ガードレールにもたれる彼女。袋を破り、棒についた冷たいものを唇で挟む。

「おいしい?」
「おいしいよ、食べる?」答えを得る前に、彼女はもうぼくの口先にアイスを差し出していた。食べようとした瞬間、滅多にしないネクタイの上にしずくが落下した。「ああ、だめね。仕事前にクリーニング屋に寄るよ」と彼女は明日の予定を多少、変える。
「引き取るものないの?」
「どうだったかな」とあれこれ頭に映像が行き交う様子を見せ、ぼくが口にできなかったアイスを最後まで頬張った。