爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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雑貨生活(10)

2014年11月22日 | 雑貨生活
雑貨生活(10)

 ぼくはグッド・バイという離縁を目的とする物語を読んでいる。

 大食漢(副産物の長所か短所)の美女を見つけ、金銭や食事と引き換えにその女性を連れまわして無言で愛人たちと縁を切る。いや、ひとことだけ口にする。「グッド・バイ」と。それなりのお金を包んで。それほどまでの圧倒的な美女なのだ。写真や映像というものではないので、どのようにでも書ける。ぼくは、笑っている。休日の彼女は次回作で頭を悩ませていた。だから、イライラを正当化させる。

 ぼくは買い物を頼まれる。外は晴れていた。家に閉じ困っているのがもったいない陽気である。だが、ただなんとなく外に居つづけるのもむずかしい。用が終われば帰る。ずっと帰りたくないと駄々をこねる少年たちがむかしにはいた。本当のホームレスになりたいわけでもない。先延ばしをのぞんでいるのだ。

 先延ばしは決着ではない。解決はここを区切りにするという意志なのだ。表明なのだ。

 近所の公園で休憩をする。のどかであるという善を全身で感じる。年金をもらうには賭け金がいる。そういう立場にいる自分を予想する。医者や弁護士という高給取りをイメージする。教育に元手をかけ、何年後かに回収する。具体的なイメージを教えてくれない、またはつかんでいない両親のもとで暮らした。恨みもないが、ただ空室の部屋のようなものを漠然と与えてくれたことだけに感謝している。そこに荷物を放り込むのは自分だった。その荷物の部品を組み合わせ、なにかを作ろうとしている。失敗もしていないが、成功もしていない。

 忘れられたボールが、向かいのベンチの下に挟まっていた。球体はどこにでも転がる。自分もそうなりたいと思っていたが、あのボールのようにいくつかのこだわりのためか、さまざまな場所で引っ掛かっていた。すると、球体であるより立方体であることを望んでいるようだった。スムーズさに欠け、角がある。

 ゆっくりと歩いてもいずれ家に着く。彼女の仕事ははかどっているだろうか。もともと、集中力のあるタイプなのだ。女性と集中力は反語であるような気もする。

「遅かったのね?」
「暖かいから、ちょっとぼんやりとしていた。太陽、気持ちいいよ」

「あとで行く」遅くても、反対に早くても言葉が出てくる口。そうしながらも手は動いている。ぼくは袋から品物を取り出し、冷蔵庫にいれる。
「あ、忘れた」
「何を? うっかりさん」

 ぼくは返事をせずに、もう一度、スーパーに向かった。失敗を揉み消すのだ。棚からチーズを探す。彼女が最近、気に入っているもの。意外と高いものだった。いままでは値段も知らずにぼくも食べていた。彼女は段々と生活レベルを上げていくのかもしれない。現状維持という負け惜しみ的な、後ろ向きな考えにこだわっている自分もいる。これだから、球体ではないのだ。

「チーズあった?」行動は看視されている。
「あったよ、ほら」ぼくは鼻の先に突き付ける。

「やっと、終わった」彼女は背をのけぞらせる。満点でもないけど、不満もない。そういうときの口調だった。いろいろなことを学んでしまう、いっしょにいると。

「どう?」
「まあまあね。お昼にする?」手際の良さ。ゴールへと向かう道筋。

 ぼくは理想自体を不必要なものと定義する。いま、目の前にあるものが経常的に正しいのだ。しかし、未来を美化させ、過去をひたすらなつかしむ。いまこそ、唯一、愛するに値するものなのだ。

 ぼくはパスタを口にする。
「さっき、なに読んでたの?」
「グッド・バイ」

「あれ、好きね。でも、一方的な物語」
「女性は食い意地が張っているという話だよ」
「食べる姿って、色気があるのよ。ほら」彼女は演じてみせる。本当は演じるひとの元を書くひとなのに。

 太陽を浴びる。微風を感じる。そして、ぼくらは交互に風が混じった表現を言い合うことになった。台風からはじまり風来坊で終わる。

 彼女の背の高さ。細み。太さ。凹凸。ぼくは理想があったのだろうか。巻尺を持ち歩き、計りつづけて探したのだろうか。髪の長さ。流行。ホッテントット。

 ぼくの表面。表層。できること、とできないこと。したいこと。したくないこと。しなければならないこと。してはいけないこと。それらの円の重なりの中心にぼくがいるようだった。ひとの関心は少しずつずれていき、方眼紙の点もそれにつられ、前後左右に動いていくのだろう。

「夜ご飯、なんにする?」

 生活の最たる問い。ぼくは不思議と嫌悪感をおぼえる。
「となり駅の近くに新しい店ができてたから、そこ行く?」
「なんで知ってるの?」答えではない。
「この前、そこまで歩いたから。運動不足解消で」
「どういう種類の料理?」

 ぼくはざっくりと説明する。そして、財布の中味を頭のなかで確認する。彼女の収入に頼らない。たまには、おごる。ぼく自身のルールを作り、ぼくは自分をその鋳型に当てはめる。球体ではない。

 彼女は納得する。物語のヒントのようなものを、つかみかけて手放してしまう。球体に近付く風船。空に舞ってしまう。それも彼らの仕事だった。数パーセントが空に消える。首輪をつけて飼いならすこともなかなかむずかしいのが同じく自由な発想の芽生えだった。

コメント
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