爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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最後の火花 23

2015年02月07日 | 最後の火花
最後の火花 23

「女性というのは、なんだかんだ大したものだよ」

 山形さんは突然、そう言いだした。比較の支点をどこに置いたのかも分からない感想だった。母は誰かの見合いというものの話の途中だった。ぼくは、それがどういう役目をもつのか分からなかった。

「相手のことを知って、気に入ったら結婚するのよ」
「写真だけで?」

「先ずは写真で、気に入りそうだったら会うの」母は自分のことのように楽しそうだった。ぼくは、お母さんはどうだったの? と訊きたかったがこの場では躊躇した。母は写真の印象と実際会ったときに感じるものは違うと言った。山形さんは、そう大差がないという側にたって会話をつづけていた。ぼくは、そもそも写真を撮るということが何のためにするのか分からなくなる。確認なのだろうか。ひとが見れば、紹介にもなる。ぼくは自分が写真を撮られた回数があまりにも少なく感じる。いつも通りの遊んでいる姿を撮ってくれるひとがいたらどんなにいいだろうなと思う。ぼくは自分の走る姿や背中をそのまま別のひとのように見られるのだ。

 山形さんの用事のために連れ立っていっしょに歩いている。彼は無尽蔵に語る能力があった。自分も大人になったらことばのみで相手に理解させられるだけの能力を育てたいと思った。また、幼ごころでは能力は育つのかどうかも判断できないでいたのだが。

「どこかの王様が結婚したいと思っている」
「また、王様?」ぼくは身近な主人公を題材にした本を読んでもらったばかりだった。
「まあ、聞けよ。その男性が花嫁候補をずらっと並べるんだ」
「恵まれた環境だね?」
「そこからひとりを選ぶんだ」

 ぼくはその状況を想像する。ぼくはそれまでにどれほどの数の女性に会ったのだろう。そもそも、女性という観点を自分の人生にすでにもちこんでいたのだろうか? 母や近所のおばさん。みな、恋をするという気持ちの対象から外れている。でも、どこかで結婚すべきひとはそういう方法を取らなくても巡り会えそうな気もしていた。純情なものだ。

「誰を選ぶの? どうやって?」疑問は無数に生まれた。
「それは美貌というものが筆頭になる」
「美貌って?」
「美人だよ。分かりやすいだろう?」
「美人は全員が美人だと思えるの?」
「凡そは、そう相場が決まっている」
「ふん」

 ぼくは自分の身なりがふと汚れているように感じてしまっていた。新品とは呼べない洋服。だが、もっと着飾れば、ぼくもどこかの裕福な子どもの一員に見えるだろう。

「それから、どうなるの?」
「その女性は美人だけではなかったんだ。知り合いに賢いひともいたからな。その身内の男性が結婚するよう勧めたぐらいだから」
「なにが、起こるの?」

「あるグループが裁かれようとしている。狙われている。危険が迫っている。呼び方はいろいろあるけど、まあ命が危なくなったんだな」
「なんか作戦あるの?」

「あるのかな。普通、ヒーローとかヒロインが登場する前に悪役というものも確かに存在する。役回りだな。映画でもそうだよ。でもある面から見たら悪いだけで、その当人の家族から見たら、そうでもないって場合もたくさんある。家では善いお父さん。家族思いのお父さん」

 ぼくは母が悪く言われたのを耳にしたことがある。噂というものには助走もない。すぐに猛スピードに達してしまう。だが、ぼくはこの事実を黙っている。だから、別の話題をもちださなければならない。

「ヒーローは活躍しないと」
「その前に、企みが膨らまないと話も盛り上がらない」
「どうなるの?」

「ある日、王様が眠れなくなった」
「王様でも眠れなくなることあるんだ? 悩みなんか、まったくないと思っていたのに」
「王冠をかぶる辛さも世の中には存在するんだよ」

「サイズが合わないから?」ぼくは冗談というのを自分の人生に敢えて取り入れようとした。この辺りで芽生えたのだから、自分は生まれ付いたときからそういう性分なのだろう。山形さんは腹の底から笑う。きれいな低い音で、ぼくは洞窟の奥から聞こえたかのような感じを受けた。しかし、よく考えればそれとも少し違っていた。井戸に石を落して跳ね返った音。それも違う。土管のなかで声一杯に叫ぶ音のようにも思えた。

「自分によくしてくれたひとにお返しをしないと、どこかで落ち着かなくなる。こころのなかの帳面の差し引きが釣り合っていないと大人とも呼べないな」山形さんはため息をつく。自分にもそういう忘れられない残高があるような顔をした。

「何か思い出すんだ?」
「そう。手柄があったひとがいたけど、プレゼントをし忘れていた」
「めでたしだ」

「だが、悪人は勘違いするものだ。自分の手柄だと思い込んで、自分がもらえると思ってしまった。欲張りだな。浅ましい。ついでに自分の作戦も暴かれてしまう。その役目に、美人のお姫様が登場する。あのひとは悪いひとですって!」
「勇気があるね」

「そうだな。真実を話すには勇気がいるんだな。知らない振りをするのも簡単だが、まじめで几帳面なひとは、王様のように眠れなくなってしまう」

 ぼくらは用を済ました。ぼくはわざとお世話になったひとに大声で、「ありがとう」と述べた。

「勧善懲悪とお見合いの話」と、山形さんは独り言をもらす。ぼくはその音を好きになる。もちろん、それが当てはまる漢字のことなどまったく知らないのだが。