1996年、アトランタオリンピック開催時に、爆発物を発見して多くの人命を救った英雄であるにもかかわらず、FBIやメディアに爆破テロの容疑者と見なされた実在の警備員リチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)と弁護士のワトソン・ブライアント(サム・ロックウェル)の闘いを描く。
クリント・イーストウッド40作目の監督作品であるこの映画は、最近の『アメリカン・スナイパー』(14)『ハドソン川の奇跡』(16)『15時17分、パリ行き』(17)『運び屋』(18)といった、事実を基にした物語の系譜に属する。
無名の人物が主人公ということで、素人が本人役を演じた『15時17分、パリ行き』の失敗が頭をよぎったが、今回はウォルター・ハウザー、ロックウェルをはじめ、ジュエルの母親役のキャシー・ベイツ、記者役のオリビア・ワイルド、FBI捜査官役のジョン・ハムなどがきっちりと演じて、映画に説得力を与えている。改めて俳優の力は大きいと感じさせた。
ジョエルが犯人でないことは最初から分かっているので、それならば、何を見どころとして2時間余をもたせるのかが勝負となる。その点、イーストウッドは、事の経緯を淡々と描きながら、それぞれの人物や事件の深部を明らかにしていく、という正攻法で勝負している。これこそが熟練の技だ。
悪人探しと断罪は魔女狩りの昔からあるが、今の世の中は、姿なき誹謗中傷がまん延し、ジュエルのように、いつ被害者、あるいは加害者になってもおかしくはない。また、「結婚もせず母親と同居しているデブな男」「英雄願望のある男」などと、ジュエル=他人に勝手にレッテルを貼ったり、見た目で人を判断してしまう恐ろしさも、自戒の意味も含めて痛感させられた。
『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』(97)(1998.11.)
およそ18年前の作品を、なぜいまさら特別篇として公開しなければならなかったのか。製作意図を図りかねる。
八代亜紀が違和感たっぷりにテーマ曲を歌い上げるオープニングに面食らい、後は、皆若かったなあ、当時は自分も二十歳の大学生だ、などと、ひたすら懐かしさに浸るだけ…。新たに撮り足された満男(吉岡秀隆)のパートもあまり精彩がない。渥美清へのオマージュは『虹をつかむ男』(96)で済んだのではなかったのですか、山田さん…。
【今の一言】今回の『男はつらいよ お帰り 寅さん』にもう一つ乗り切れないのは、この映画と重なる気がするからなのだ。