田中雄二の「映画の王様」

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『この子を残して』

2020-10-22 10:05:41 | 映画いろいろ

 連続テレビ小説「エール」で、「長崎の鐘」に関するエピソードが描かれていた。吉岡秀隆が演じた永田のモデルは医学博士の永井隆。彼を主人公にした映画を木下惠介が撮っている。

『この子を残して』(83)(1983.10.13.蒲田ロキシー)

 長崎への原爆投下で被爆し、妻を亡くした放射線医学博士の永井隆(加藤剛)は、2人の子どもを育てながら、戦争と原爆の記録を記していく。木下惠介監督が永井の手記を原作に描いた。

 意地悪な見方をすれば、原爆を題材にしたキリスト教賛美の映画で、あまりにも出来過ぎの主人公、善意の押し売り的なところもある、と思えなくもない。だが、この映画には、そうした木下の欠点を忘れさせるほどの、強いメッセージが込められているとも思う。

 何故なら、唯一の被爆国である日本で、核の恐怖をテーマにした映画が、どれほど作られているのか、と考えてみても、本多猪四郎の『ゴジラ』(54)、黒澤明の『生きものの記録』(55)、松林宗恵の『世界大戦争』(61)ぐらいしか思い浮かばない(新藤兼人の『原爆の子』(52)『第五福竜丸』(59)、関川秀雄『ひろしま』(53)は未見)。しかも、それらは随分前の映画なのだ。

 今また、核の恐怖が叫ばれている時代であるにもかかわらず、そうした映画が作られない現状を思えば、今回、木下が果たした役割はやはり大きなものがあったと言うべきだろう。

 木下は、最近の『衝動殺人 息子よ』(79)『父よ母よ!』(80)では、あくまで正攻法で、現代の不条理に対する怒りを描いている。この映画もその延長線上にあるのだが、われわれ見る側は、その全てを受け入れるだけの心を持ち合わせていないからか、その作風に、時代遅れや偽善的なものを感じて、反発を覚えながら見ているところがあるのは否めない。

 だが、そうした反発を受けながら、高齢であるにもかかわらず、自らのヒューマニズムを押し通す姿には感動させられる。そして、その力強い頑固さこそが、木下惠介の真骨頂なのだろう。というわけで、反発と感動という、相反する感情を抱かされた不思議な映画になった。

【今の一言】この後、今村昌平の『黒い雨』(89)、黒木和雄の『父と暮せば』(04)、山田洋次の『母と暮せば』(15)、片渕須直の『この世界の片隅に』(16)など、生活に密着した視点からの映画が作られた。

古関裕而と「モスラの歌」
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/b2d01a14e59904a17d8f14f4d1eb25e7

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