田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

1940年代日本映画ベストテン その3『わが青春に悔なし』

2021-11-29 21:01:04 | 俺の映画友だち

『わが青春に悔なし』(46)(1982.5.4.フジテレビ)

 戦前に弾圧された京大の八木原教授(大河内傳次郎)と学生たちの師弟関係と、自我に目覚める教授の娘・幸枝の姿を描く。

 とにかく、原節子演じる幸枝の女性像に圧倒されてしまった。前半の世間知らずのお嬢様らしい高慢さ、愛する男と共に過ごし始めてからのかわいらしさ、後半の鬼気迫るような意思の強さ…。

 実際には、こんな女性はいないだろう。黒澤明は女性を描くのが下手だという批評を目にしたことがあるが、なるほどこういうことなのかもしれないと思った。あまりにも極端で、女性を理想化して描いているところがあるのだ。

 ところで、この映画は、終戦直後に作られているのだが、思うに、黒澤にしろ、脚本の久板栄二郎にしろ、満を持してのものだったのだろう。戦時中は、軍の統制で思うような映画を作ることができなかった彼らが、その悔しさを一気に吐き出した結果、このような社会性を持った力作が出来たのだという気がする。

 戦前の滝川事件とゾルゲ事件に想を得たこの映画には、野毛(藤田進)と糸川(河野秋武)という対照的な人物の間に、ヒロインの幸枝を置いて、彼女の変転を描き込んでいる。

 見ていて、自分も野毛のように理想や信念を曲げずに生きたいと思いながらも、権力側におもねる糸川の方に感情移入してしまった。野毛ほどには強く生きられない、生きていくために理想から挫折してしまう糸川の弱さの方が分かる気がしたのだ。野毛が言うような「顧みて悔いのない青春」は俺にはないなあ。悔いだらけだもの。

 ところが、野毛が逮捕される前に、幸枝に「自分の弱みだ」と言いながら、年老いた両親(高堂国典、杉村春子)の写真を見せるシーンから見方が変わってきた。人間はいくら強がってみたところで、所詮は弱いものだ。だが、その弱さを何とか克服して生きていこうと努力する姿にこそ、人間の本当の強さが表れるのではないかと思わされた。

 その野毛の姿を見たからこそ、幸枝もあそこまで強く生きられたに違いない。そうとでも思わなければ、あのスーパーウーマンぶりは理解できない。

 先頃亡くなった黒澤映画の常連、志村喬が、この映画では珍しく、独いちごと呼ばれる憎々しい特高を演じていた。その芸域の広さを改めて知らされた思いがした。

【今の一言】何と40年前のメモ。青くさくて我ながら恥ずかしくなる。

 

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1940年代日本映画ベストテン その2『姿三四郎』

2021-11-29 08:22:56 | 俺の映画友だち

『姿三四郎』(43)(1982.11.20.千代田劇場.併映『赤ひげ』)

 黒澤明の監督デビュー作。柔道家・姿三四郎の成長を描いたストーリーは、すでに竹脇無我主演のテレビドラマでなじみがあった。では、その有名なストーリーを、黒澤がどう映像化したのか、という点に興味が湧いた。

 微速度撮影やスローモーション、ワイプなどを駆使して撮られたシーンには、今見てもすごいと思わされるものが少なくない。

 例えば、三四郎(藤田進)と門馬(小杉義男)の試合、三四郎と村井半助(志村喬)の娘小夜(轟夕起子)との出会いの積み重ね、池に飛び込んだ三四郎の目の前の蓮の花が静かに開くシーンと、檜垣源之助(月形龍之介)がたばこの吸い殻を乱暴に花の中に入れるシーンとの対比、矢野正五郎(大河内傳次郎)と門馬たちの決闘、そしてラストの右京が原での三四郎と檜垣の決闘における雲の流れ…。こうして思い返してみると、印象的なシーンが多いことに気付く。

 特に、三四郎と村井の試合の描写を見ながら、黒澤が本格的にスポーツ物(特に格闘技)を撮っていたら、すごいものができたのではないか、という気がした。

 ストーリー展開は決してうまいとは言えないが、カットされたことや、当時はまだ未熟であったろう黒澤の腕、あるいは戦中という時代背景を考え合わせれば、仕方がないとも思える。

 藤田進、大河内傳次郎、月形龍之介らが、皆それぞれ若くてはつらつとしていて驚いたが、何と言っても、轟夕起子が魅力的だった。加えて、志村喬が、若い頃からこうした老け役を見事に演じていたことにも気づかされた。

 このように、今はもう亡くなってしまった人や年老いてしまった人たちの若き日の姿が見られることも、古い映画の魅力の一つであろう。 

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1940年代日本映画ベストテン その1『無法松の一生』『風の又三郎』

2021-11-29 00:07:00 | 俺の映画友だち

 さる映画同好会で、1940年代日本映画ベストテンのアンケート結果が発表された。最多得票を集めたのは、監督・稲垣浩、脚本・伊丹万作、主演・阪東妻三郎の『無法松の一生』(43)だった。

 自分が選んだベストテン(製作年度順)は以下。間に戦争があったので、この結果は仕方ないかな…。というか、改めて、自分は黒澤映画が好きなのだと実感した。

『風の又三郎』(40)(1993.10.)

 宮沢賢治の原作を映画化。監督は島耕二。主人公の高田三郎を演じたのは息子の片山明彦。子役時代の大泉滉も出演。後年の『風の又三郎 ガラスのマント』(89)よりも、映像的には稚拙だが、原作の雰囲気がよく出ているのはこちらの方だと思う。

『無法松の一生』(43)
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/e0547cf601cdd13e9f0608808382b7a6

『無法松の一生』「月曜ロードショー」荻昌弘さんの名解説
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/c318bbcce6bb2d8ecd37240b74fe6953

(続く)

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