
私は禁煙して30年を近くなる。まだ、喫煙しているころの知人にパイプタバコを楽しむ人がいた。詳しいことは記憶していないが、見ていて面白そうだった。葉をもんでそれを詰める。もみ方や詰め方で味が変わると話ていた。それを真剣にそして慎重に、しかし楽しそうにその行為をする。次に火を点ける。それはライターでなくマッチ。火がつくとひと息して詰めたタバコの表面をなぜるように回しながら吸いっていた。
そのマッチは「パイプマッチ」。あたかもパイプタバコ専用マッチのように化粧箱にシンプルなパイプが描かれていて、パイプ族の必需品化していたのだろう。マッチを擦るとき、風を避けるようにしながら胸に向けて擦っていた。巻きタバコは吸った煙を溜息をのように吐き出すが、そうではなく、ゆっくりとくゆらせる。さも美味そうに見える。そばにいると、少しきつい匂いだったように思うが、当人はタバコを味わう楽しむ、そんな風だった。
我が家は灯明用に毎日使うのでこのパイプマッチを欠かしたことはない。灯明用のライターも備えているが使っていない。擦るとサット点く、そしてローソクに気持ち良く火がともると、一日を無事に終えたと感謝する。
「マッチ1本火事のもと」は子どもころの防火用語。今でも火遊びは厳禁だが、そうでなく必需品としてのマッチを知らない子、知っていても擦れない子、親が擦らせないこともあろう。便利さの中で伝る文化も大きく変わる。でも「アンデルセンの「マッチ売りの少女」の話は、マッチの明るさを知ってこそ、その真髄が伝わるのではなかろうか。保護者のもとでマッチの明るさを体験させてもらいたい。