TENZANBOKKA78

アウトドアライフを中心に近況や、時には「天山歩荷」の頃の懐かしい思い出を、写真とともに気ままに綴っています。

「氷壁」

2015年09月13日 | 山にまつわる話
夏の北アルプスに行ってから無性に井上靖の「氷壁」が読みたくなった。
山の資料を見ていたら、「氷壁の宿・徳沢園」といった具合に、やたらと「氷壁」の文字が目に入ったからだ。

これまでに本はずいぶん処分したが「氷壁」は残していたはずだと、本棚を探した。


よくぞ無事に…、われながら物持ちのよさに感心する。


はたして三十数年ぶりの「氷壁」だが、私自身が年を取ったせいか、主人公より主人公の上司である常磐大作の言動にほれぼれしながら読み進んだ。
この物語が書かれたのが半世紀以上も前なので、今とは全く社会情勢や組織の考え方が違うわけだから、単純に常盤大作の考え方を今の時代にあてはめることはできないと分かっていながらついハマってしまった。

山登りのために無断欠勤や給料の前借り、はては山岳遭難まで引き起こし会社に迷惑をかけ窮地に追い込まれた部下を、会社の上層部の不興をかってまで守り抜こうとする常磐の生き方は、まるで一服の清涼剤のようだった。

物語の結末はすっかり忘れてしまっていた。
主人公の魚津が、婚約者を残して滝谷で落石に遭って死ぬ件では思わず「えっ!」と声を上げてしまった。物語ではあるが、魚津まで死なせなくてもと井上靖氏を恨めしく思った。

常盤大作は魚津の死を職場で伝えるときに、黙祷の後にいつもの大演説をぶった。死者にむち打つようなことは避けながらも、熱弁の結びは「ばかめが!」だった。

「ばかめが!」の言葉に、常磐のいいようのない悲しさと魚津に対する愛情の深さがにじみ出ていた。

「氷壁」といえば、ナイロンザイルが登攀中に切れたことで、様々な憶測が飛び交う中パートナーを信じて疑わない山男の友情がテーマのように書評等で紹介されているが、やんちゃな部下と上司の人間愛という視点で読み解いても実に味わい深い作品であった。

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