技術と研究熱心さに秀でていた石見出身の左官職人、彼らは「石州左官」と呼ばれ、 明治、大正、昭和の時代をまたぎ、出稼ぎのため全国に散らばり活躍してきました。石州左官が手掛けた代表的なものとして、国会議事堂や皇居の東宮御所などが有ります。その卓越した技術で日本近代建築の多くに携わり、100年を越えた今も多くの人を魅了し続けています。そんな石州左官の鏝絵が、故郷・温泉津に何点か残されていると聞き、訪ねる事に。
大田市温泉津町吉浦に門を構える、浄土真宗・本願寺派寺院「敬願寺」。『阿弥陀如来』を本尊とします。
お目当ての鏝絵は境内を入ってすぐ、右手に建つ経蔵扉の上。昭和初期の製作と云われ、作者は石州左官『槙坂治義』。経蔵正面には炎を吐く龍の姿が鮮やかに再現されています。
鏝絵を守るためと思われますが、全体に極薄の網が掛けられている為、しっかり近づかないとよく見えません。その代わり剥落もなく、室外と言う条件にも拘らず非常に良好な状態で保存されています。
龍の顔の部分をズームで・・・鋭い眼光の中には歓喜の光が満ち、真っ赤な炎を吐く龍の口元には、確かに高らかな勝利の笑いが。
龍の胴体の部分をズームしていくと、その歓喜の意味が理解できました。鋭い爪を食い込ませるようにして龍が掴んでいるのは「碧玉(へきぎょく)」。それは龍王が天翔ける為に必要とする最大の宝「宝珠」なのです。
もう一度、歓喜の龍の顔をUPで(*´꒳`*ノノ゙
本堂の貫から私たちを見守るように見下ろす、穏やかなお顔の獅子と獏。
こちらのお寺は道路とほぼ平行に走る線路の向こうに位置しており、たどり着くまでに二度も迷ってしまいました。それでも諦めず、しつこくウロウロした甲斐あって無事に到着。ご亭主殿、大満足でポーズ(笑)
明日は、温泉津湾の最も深い入海に面した、温泉津小浜の町並に残るいくつかの鏝絵を紹介します。
訪問日:2011年5月15日