波一つ無い穏やかな日本海、晴天であればその向こうに隠岐諸島が望めるという地蔵崎。 島根半島の東端に位置する地蔵埼の岬上には山陰最古と言われる美保関灯台が立っています。
明治31年(1898)、フランス人技師の設計、片江の石工『寺本常太郎』によって一等灯台地蔵崎灯台として施工。海抜73mの岩上にあり、高さ14m。当時の光度は6万7,500カンデラ。昭和10年(1935)に、灯台名を美保関灯台と改め、現在の光度は46万カンデラ。
初点灯された当時のままの白色円筒形造りで「世界の歴史的灯台100選」に、2007年には灯台として初めて国の有形文化財に指定されました。
更に「美保関灯台:吏員退息所(りいんたいそくしょ)主屋」・「倉庫・便所・石塀」も併せて登録有形文化財に登録。灯台守の宿舎だった赤い屋根の建物は「美保関灯台ビュッフェ」として営業されています。
私たちが行った日はとても営業中とは思えないほど閑散と・・改めて確認したところ、今回も週に一度の定休日に行き当たったようで・・素敵なシュチエーションでのコーヒータイムを期待していたのに・・(-"-)
ところで・・旧吏員退息所の玄関上部にある彫刻、どう見ても〒マークに見えて仕方有りません。・・謎です(^^;)
美保関灯台を後にして美保神社へと引き返したあと、ほんの少しだけ青石畳通りを散策。 海から切り出された石畳の通りは、雨に濡れると石が青く光ることから「青石畳通り」と呼ばれています。
江戸時代、北前船航路の中継基地として、また、西日本でも有数の歓楽街として栄えた美保関町。 かっては多くの遊郭が軒を連ね、人口の四分の一を遊女が占めた時代もあったといいます。
狭い通路の片側に建つ「国登録有形文化財:旅館美保館」。細い路地の向かいからでは、どうしても全体は写せません(笑)
美保神社から、仏谷寺までを結ぶ500メートルの参道、私たちが歩いたのはほんの100メートルほど。 もう少し時間が有ればゆっくりお店を覗いたりとかも出来たのでしょうが、何しろ駆け足の旅。今から思えば随分ともったいないスケジュールだったと後悔しています(-_-;)
美保関への行き帰りに見かけた「男女(めおと)岩」。行と帰りではこんなに違って見えたのかとビックリ。それにしても「夫婦」では無く、「男女」とは・・・(^_^;)
訪問日:2011年5月19日
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