仁多郡奥出雲町(おくいずもちょう)は島根県の東南端に位置し、中国山地の嶺を境に鳥取県と広島県に接する町です。2005年3月31日、仁多郡仁多町と横田町が合併して発足しました。山間に位置しながらのどかな田園地帯が広がる山里の風景。それはこの一帯でたたら製鉄に必要不可欠の良質な砂鉄がとれた事に起因します。砂鉄を得るため山を削った採取跡地は棚田として活用され、「仁多米」というブランド米を生み出しました。「町の木:もみじ」「町の花:しゃくなげ」を制定。
キャッチフレーズは「心豊かで潤いと活力のあるまちづくり ようこそ奥出雲町へ! 神話とロマンの里」
2005年11月21日制定の町章は「 4つの輪は、「人・自然・伝統・未来」の融合をイメージし、集まってくる輪は、「人の和」と「自然の力」を表現しています。ここに住む人が和となって協力し、わき 立つ雲のごとく豊かな自然と歴史ある奥出雲町が、未来に向かって伸びゆく町で あるようにとの願いが込められています。」公式HPより
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旧仁多郡仁多町(にたちょう)は島根県の東南端、斐伊川(ひいかわ)の源流部近くに位置した町です。幻の黒毛和牛「仁多牛の里」として知られ、全国最良の肉用牛「第七糸桜号」が誕生したことでも知られています。「町の木:ケヤキ」「町の花:シャクナゲ」を制定。
旧キャッチフレーズは「神話とロマンの里 仁多町」
明治22年(1889)、町村制の施行により仁多郡三成町・阿井村・亀嵩村・三沢村・布勢村が発足。
1955年、仁多郡三成町、阿井村、亀嵩村、三沢村、布勢村が合併、仁多郡仁多町が発足。
2005年、仁多郡横田町と合併、仁多郡奥出雲町が発足しました。
マンホールには、国天然記念物の「鬼の舌震」と「町の花:石楠花」が描かれています。
昭和30年制定の町章は「「仁」を円形と三角形にして図案化したもの」です。
斐伊川の上流、大馬木川の2kmにわたる大峡谷「鬼の舌震(したぶるい)」は、出雲国風土記の一文にある「和仁の慕(した)ぶる」が転訛したものといわれています。美しい『玉日女命』を慕い日本海から斐伊川を遡って夜な夜な通って来た「和仁(鮫)」。ワニがどのような経緯でオニになったのか・・ちょっと気になりますね。
撮影日:2011年5月16日
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