昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (九) = ゆめ・うつつ =

2015-01-22 08:59:13 | 小説
“それにしても、最近はどうなってるんだ。のぶこさんや耀子さんには、からかわれるし。貴子さんとは、相変わらずだし”

ベッドに潜り込んでからの彼は、ただただ悶々としていた。
“何をしたって言うんだ、まったく。それとも、もっと強引に行かなくちゃいけないんだろうか”
彼はモヤモヤとした気持ちのまま、何度も寝返りを繰り返した。

春に芽生えし 恋の花
夏に熟して 実もなるに
何の因果か 薄寒き
秋の日中に 散り行きぬ

 哀れ悲しき 早乙女の
 おさげに結ひし 黒髪を
 文金島田に 結ひなほし
 父母の涙ぞ 頼りなる

おほしき益荒男 すでに涯つ
こころに残りし 面影を 
寝ては夢 起きては現と
哀しかりけり    
        
 心にそはぬ ことなれど
 愛しき人に 手を合わせ
 末のことをぞ 思ひて  
 哀しく 嫁ぎゆく

空には雁も 飛びゆくに
この身のはては いづくにぞ
春も過ぎ去り 今は桜も
散り果てぬ 

= ゆめ・うつつ =

高校時代に作った詩を諳んじながら、流れ出る涙を拭いた。
悲しさというよりは、言いようのない孤独感に苛まれた。

寮生活時には感じなかったものだった。
一階のロビーに出れば、誰かしらがたむろしていた。

誰と話をするわけではない。
しかし空気を共有する相手がいるというだけで、安心できた。
あれ程に憧れたはずの一人暮らしが、今夜は恨めしかった。

ベッドから手を伸ばして、CDコンポのスイッチを入れた。
♪うらみまーす、うらみまーす♪
中島みゆきの「うらみ・ます」という楽曲が、流れ始めた。

『生きていてもいいですか』というタイトルが気に入って、買い求めたCDだった。
美しい旋律の上に、恐ろしい程の生々しい情念の詩が乗せられていた。
溢れ出る涙を拭うこともせず、その曲に聞き入った。
次第に落ち着きを取り戻した彼は、そんな自分がたまらなく愛おしく思えてきた。

「愛なくしては、人間は生きていけない」
己に言い聞かせるように、彼は呟いた。
しかし悲しいかな、まだ若い彼はその言葉を己に対してのみ向けていた。


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