昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (九) 突然ノックの音が

2015-01-23 17:29:09 | 小説
「コン、コン、コン」
ベッドに寝転んでいた彼の耳に、突然ノックの音が入り込んできた。
“えっ?! 誰だ? まさか、貴子さん、なんてことはないよな”

「居ないのかあ? 灯りが点いてるんだけどな」
慌てて起き上がると、
「ごめん、ごめん、吉田君かい?」
と、中に引き入れた。

「よお、彼。久しぶりいぃ!」
「どうしてたんだい、一体。大学に出てこなかったけれど、体でも、こわしてたのかい」
片手を上げて声を出す吉田の様は、いつものことなのだが、どうにも固さを感じる彼だった。
「いや、そんなことはないさ。君の方はどうしてた、夏休みは。しっかり遊んだか? 
あゝそうだった、バイトに精を出してたんだな。ご苦労さん、ご苦労さん」

ベッド横にどっかりと座り込むと
「なあ、御手洗君よ、御手洗さんよお。俺は、どうしたらいいんだ?」
と、半泣き顔を見せた。
「な、なんだよ、藪から棒に」
初めてのことだった、彼のことを御手洗という名前で呼んだのは。
訝しがる彼に、吉田はいつになく真剣な目で言葉を続けた。

「女に、惚れた! 惚れた、惚れましたあ、っと。
俺としたことが、西南大学の若大将と称されるこの俺が、ドン・ファンを自認する俺が、ホステス風情に惚れちまったんだ。
どうにも、この胸の苦しさが止まらない! 苦しくて苦しくて、たまらんのだ。くそお、なんでこの俺が」
床をドンドンと叩きながら、うめくように声を絞り出す吉田だった。
初めて見るそんな吉田の様に、どう声をかければいいのか答えを持たぬ彼だった。

「子持ちなんだ…その女。四歳の女の子と三歳の男の子の、母親なんだ。
笑っちゃうだろ、笑っちゃうよな。いいんだ、笑えよ、笑えよ。笑えって言ってるだろうが!」
次第に感極まったのか、怒鳴り声となり、目から涙があふれ出てきた。


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