(六)
二人からの檄が聞こえぬ風に、芸者に寄りかかって部屋を出た正三。
トイレに行く気などまるでなかったが、芸者が繰り返すご不浄という言葉に、反応し始めた。
千鳥足で歩く正三、肩に手をかけさせて支える芸者。
襟元から漂うほのかな香に、ゆったりとしてくる。
毎日が緊張の日々だった正三。
激論が闘わされる中、ひたすらその内容を書き留めつづけた正三。
その激論の中に入れぬ己が情けなかった。
未来の次官さまと口々に褒めそやしてくれる者たちが、
己の論を東陶とまくしたてるというのに、正三ただ一人が蚊帳の外に置かれいる。
「仕方がないさ。佐伯くんは途中入省なんだから。」
「次官さまというのは、大所高所から物事を判断するものさ。」
「方向性を指し示すものだ、次官さまは。」
「こんな議論は、われわれに任せてくれ。」
「佐伯くんは、最後の最後に、どん! と行くんだよ。」
結局のところ、最後まで議論の輪の中に入ることのなかった正三だ。
しかし事務次官に提出する報告書を作成したことで、正三がチームリーダーだということになっていた。
「さあ、着きましたよ。
佐伯次官さま、お手伝いしましょうか?」
芸者の声が心地よく、正三の耳に届く。
「うん……」
と頷く正三がそこに居た。
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