(七)
二人が帰ったあと、すぐに戸口の閂をかけた。
「タキ、タキよ。だめじゃ、もう。
盗られちまったよ、御手洗とか言う馬の骨に。」
肩をがっくり落とした茂作。
ふらふらと立ち上がり、断っていた酒に手を伸ばした。
アナスターシアの用意してくれたウィスキーを、湯呑み茶碗に並々と注いだ。
琥珀色の液体を、ぐいっと喉に流し込む。
「な、なんだこれは。
喉が痛い、ひりつくぞ。」
アルコール度数の高いウィスキー、水で割るとは知らぬ茂作だ。
慌てて、焼けつく胃袋に水を流し込んだ。
「うー! 東京者はこんな酒を飲んでおるのか……。
うーむ。気取った連中ばかりじゃと聞くが、変なものを飲むものじゃ。
小夜子も、こんなものを飲んでおるのか? 小夜子ぉぉ。」
知らぬ間に眠りこけていた茂作が目を覚ましたのは、少し外が白々とし始めた頃だった。
「うぅぅ、ぶるるぅ。いかんいかん、こんな所で寝てしもうたか。
うん? もう夜が明けるのか……。
また、一日が始まるのか。」
皆が羨む茂作の一日、それは茂作にとっては地獄の日々だった。
これといってすることの無い、無為な一日。
日がな一日を囲炉裏端で過ごすことが多くなった茂作だった。
(八)
日々の糧を得るために忙しく動く村人を、なんの感慨も無く見つめる茂作。
その瞳からは光が失われている。
「のんびりできて、ほんとに茂作さぁは幸せ者じゃて。」
そんな言葉の陰に、村人の蔑みの色を感じる。
「何ということじゃ、まったく。
小夜子からの仕送りとばかりに思っていたものが、御手洗とか言う男からだったとは。
いかんぞ、いかんぞ、茂作。
これでは娘を売って日々の糧を得ているようなものじゃ。
茂作よ、立て!」
己を鼓舞して立ち上がる茂作だが、
気持ちとは裏腹に、腰が上がらない。
腰に力が入らない。
ならばと片手をついて起き上がろうとするが、腕の力もまた茂作の体を支えきれない。
“どうしたことか! 昨日までは立てたのに。
今朝には力が入らないとは。
どうなってしもうた? わしの体は。他人の体に思えるぞ。”
うろたえる茂作だが、着物の袖を押さえつけていては起き上がれる筈もない。
しかしそのことにすら気付かぬほどに、打ちのめされていた。
「こんなところで終わるわけにはいかん、もうひと踏ん張りせねば。」
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