昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (六) 思わず顔を背けてしまった

2014-12-10 13:10:48 | 小説
あれこれと茂作の世話をやきながらも、小夜子は快活に座を盛り上げた。
彼もまた、大学生活やバイトの事を話した。
彼の話の大半はバイト時におけるエピソードだったが、
「学業に響かないようにしなさい」
と言う言葉には、耳が痛かった。

茂作は一言も言葉を発することはなかったが、終始にこやかで「うん、うん」と頷いていた。
食事の終わった後も談笑が続いたが、茂作のあくびが出始めたところで
「さあ、さあ。また、薬草を塗りましょうねえ」
と、母親が腰を上げた。

「お母さん、僕が代わりにやりますよ。お母さんは休憩をしてください」
彼にとって、せめてもの母親孝行だった。
「そう。じゃあ、お願いしようかしら。先ず体を拭いてあげてね。
それから、この薬草を薄ーく伸ばして頂戴。少し匂いがきついけれど、我慢してね」
冷蔵庫の中から小瓶を取り出すと、彼の前に置いた。

彼は骨と皮だけの茂作に驚きつつも、お湯に浸したタオルで茂作翁の背中を軽く拭いた。
”痩せているだろう”とは思ってはいたが、これ程とは思ってはいなかった。
肌のたるみは勿論のこと、そのカサカサとした皮膚には嫌悪感さえ感じられた。
また、薬草独特のツンと鼻にくるその匂いにも閉口する彼だった。

老人特有の体臭と相合わさって、思わず顔を背けてしまった。
茂作に対して一瞬時とはいえ嫌悪感を抱いた、そんな自分に腹を立てた。
”こんな事を、毎日続けているのか”
改めて彼は、小夜子の苦労が思い知らされた。
恐らくは、気持ちよさそうな茂作の表情が救いなのだろう。
そんなことを考えながら、彼は背中全体に塗布した。


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