昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一章~(一) 祭りだからと便りを出しても

2014-08-22 09:07:01 | 小説
(四)

祭りだからと便りを出しても母だけを帰し、自らは仕事に打ち込んだ。
武蔵にしてみれば、生き馬の目を抜くようなご時世である。
一日たりとも、仕事から離れるわけにはいかない事情もありはしたが。

然もそれまで冷たい目を向けていた村人達が、武蔵と姻戚関係が結ばれてからというもの、下には置かぬ扱いに変わった。
寄り合いがあると、必ず上席に座らされるのである。
そして、茂作の意見を求めてきた。

今一つの茂作の癪の種は、食糧不足のご時世において、ついぞ食料調達の便りが無いことであった。
母に問いつめても、
「何不自由なく暮らしている」との返事が返ってくるだけであった。
「明治が、大正如きに負ける筈がない!」という茂作の言も、ただ虚しく聞こえた。

彼の父の死後二年目にして、彼を引き連れて帰ってきた母を、茂作は手を叩いて喜んだ。
そして己の死後、残された者の生計を維持させ得なかった武蔵をなじった。
やっと一矢報いたのである。

が、次第に事の真相がわかるにつれ、愛娘の世間知らず人の好さ等々によってのこととわかるに至っては、とうとう茂作も、武蔵に頭を下げざるをえなかった。

人を疑うことを知らない純真な娘を、野に咲く白百合を、猛牛の如き男に渡す。
手塩にかけて育てた愛娘が、陵辱される…。
そう思い続け、武蔵を憎んでいたのだ。

しかし今更ながら、己を偽り続けた本心を認めざるを得なかった。
茂作は、一人娘の小夜子を甘やかし育てたことを恥じた。

上下関係に厳しい明治生まれの茂作にしてみれば、恩を受けたままの状態がたまらなかった。
己の才覚でもって武蔵を歓待し、一族郎党の前で心底のお礼を言わせたいと願い、上下関係をはっきりさせたいと願っていた。

しかし武蔵の死によって、それが叶わなかった。
無念さの思いと共に、心の奥底で胸を撫で下ろす茂作でもあった。

「武蔵の奴、わしがよっぽど煙たかったとみえるわ。何度声をかけても、来ゃせんわ」
「はははっ! そりゃ、茂作さんがよっぽど怖かったとみえるわ。のう、みんなよ」



最新の画像もっと見る

コメントを投稿