「いやいや、謝ることはない。時代の流れだろう、おそらく。
いまの若い人たちは解放されているからね。
話には聞いていたが、こうやって面と向かってそう言われると、ね。びっくりしたのさ」
男はこの少女の中に、妖艶な女とあどけない少女とが住みついていることを知り、危なっかしく思えた。
幾ばくかの小銭を入れるとすぐに曲が流れ出すミュージックマシーンのように、己の意志を持たず周囲に流されて右に左にと動きまわるこころを、男は恐ろしいと思った。
また悲しくもあった。
「さあ、出ようか。もう時間も遅い。門限は何時だい?」
男は、腕時計に目を落として言った。
が、返事はなかった。男は立ち上がったが少女はそのままだった。
「どうしたの? 出るよ」
男はそう言うと、レジで精算した。
チラリと席を見やると、席にはいなかった。
グルリと見まわしてみたが、店のどこにもいない。
首をかしげつつレジのウエイトレスを見ると、その視線が "トイレです" と教えてくれた。
男は苦笑いしつつ、外に出た。
そろそろ秋の涼風が身にしみる。
車の流れが止まり、通りを横切ろうと右足を踏み出したとき、背後から鋭い声がした。
「まって! おじさん」
黒いマントに赤い縁取りのついたコートのだった。
一瞥したあと、人違いだろうと背を向けたが、ハッと思い直し、もう一度見た。
「まさか」と思わず声をだし、その女性を凝視した。
まぎれもない、あの少女だ。赤いミニスカートに同色のセーターを着ていたあの娘だ。
〝そういえば、大きな紙袋を手にしていた〟と、男は思いだして頷いた。
「うーん、なかなか似合うよ。見違えた、りっぱなお嬢さんだ」
「おじさんだから、きがえたの。TPOの時代だもんね」
「どこだい、寮は?」
「いいの、今夜は。がいはく届けを出してあるから」
男に答えるというよりは、自分に言い聞かせているようにいった。
「そう、友達の家かな? 送っていこうか、途中まででも」
「ちがうの。さっきのはなし、きょうのことなの、ホントは。
だから、ひとりになるのが…」
男は娘に急かされるように、ネオンの下を歩いた。
生活をともにしていた女に、「かならず戻ってくる」と言いのこし、失った情熱をさがしにで出た男だった。
〝逃げたんじゃない! 取りもどすんだ〟
いつの頃からか、人を愛することを忘れてしまった男だった。
その女とは甘いことばをささやくこともなく、「来ちゃった」という女のことばから同居生活がはじまった。
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