(一)
ファッションショーを告知するポスターが、そこかしこに見られるようになった。
小夜子にとって、運命の扉を開けてくれたマッケンジーの名があった。
しかし本来ならあるべき、アナスターシアの名がない。
怪訝に思いつつも、日々のことに追われる小夜子だった。
今日の午後に、アメリカ将校のガーデンパーティに出席することになった小夜子。
いよいよデビューを迎えるとあって、緊張感が高まっている。
武蔵の厳命で、着物姿での出席となっている。
二十歳の祝いに誂えた振袖姿を披露することになっている。
「小夜子、小夜子さま、小夜子弁天さま。」と、武蔵が誉めそやす。
小さな美容室ではあったが、最新のパーマネント機があるということで評判の店だ。
英語学校で話題に上ったことから、ひと月ほど前に立ち寄ってみた店だ。
「小夜子さん、お久し振りですね。」
「あら、覚えていてくださったですか? 二回目なのに。」
椅子に座るなり、店主の千夜子が小夜子の髪を慈しみながら言う。
「そりゃもう。わすれられませんよ、このおぐしは。
ほんとステキなおぐしで。」
「ありがとう、お世辞でも嬉しいです。」
“当たり前よね。
アメリカの最高級シャンプーで洗ってるんですもの。
リンスも忘れずにね。”
「とんでもない! お世辞じゃありませんよ。
どんなことをしてらっしゃるんです?
あたしに真似できることなら、教えて頂きたいわ。」
「特別なことはしてませんけど…」
一旦言葉を止め、首を傾げつつ
“どうしょうかしら。
シャンプーのこと、話していいかしら。”と逡巡する小夜子だった。
(二)
「やっぱり、何かしてらっしゃるんですね?」
「してるんじゃなくて、使ってるんです。
一般には出回っていない、アメリカ将校向けのシャンプーを。」
驚きの表情を見せて、千夜子の手が止まる。
「そんなものが手にお入りになるんですか?」
「まぁねえ、主人がGHQに出入りしてるものですから。」
つい、主人という言葉を使ってしまった。
「えっ! もう、ご結婚されてらっしゃる?」
「えっ? えぇ、まあ。」
「お幾つなんですか? 」
「え? あ、あぁ年齢ですか…えぇ、二十歳です。」
何故そう言ってしまったのか、小夜子にも判然としない。
小夜子と武蔵の関係は、他人に説明できるものではない。
「そうですか、ご結婚されてる…」
「それが何か?」
“あたしが結婚してたらどうだと言うの?”
「気を悪くなさらないでくださいな。
お話が、実は来てたんです。
この間お出で頂いた折りにご一緒されていたお客さんが、お嫁さんに欲しいとおっしゃられて。
あぁ残念ですわ。」
と言いつつも、まるで残念がる風に感じられない。
そんな話など、実のところはないのではないか?
話を面白くする為の、作り話ではと思えてしまう。
「いえね。
あたしはね、もう決まった方が見えますよ、って言ったんですけどね。
とにかく聞いてみてくれ、の一点張りで。
そうですか、ご結婚されてるんですか。
それは、それは。
ところで奥様、先ほどのシャンプーのことなんですけれども。
あたくしに回して頂くなんてことは、ご無理でしょうか?」
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