昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(二十五)の一と二

2011-12-09 23:19:24 | 小説


女将の運転は実にスムーズな運転で、浜辺を見やるゆとりが武蔵にあった。
♪♪熱海の海岸 散歩する 貫一お宮の 二人連れ・・♪♪
武蔵にしては珍しく、鼻歌を口にした。
「社長様、ご機嫌でございますね。
ご商談が、上手くいきましたのですか?」
「いやいや、とんでもない。
見込み違いだったかも、しれんのです。
ここの旅館群に、陶器の売り込みを図ってみようかと思ったんですが。
どうにも駄目みたいで。
あぁ、今の鼻歌のことですか?
女将との逢瀬を楽しんでるんです。」
「あらまぁ、それは光栄ですわ。
こんなおばさんの、わたし如きに。
で?陶器の売り込みとおっしゃいましたが、どちらにお声をかけられましたのでしょう?」
ルームミラー越しの会話に、不満を感じた武蔵は
「どうですか、女将。
時間があるようなら、少し海岸べりを歩きませんか。」と、誘いをかけた。





「これが、あの‘お宮の松’で、ございますの。
この下で、貫一さんに足蹴にされたのでございますよ。」
ぽっと頬を染めて、松を見上げながら女将が言った。
「ところで女将、社長という言葉は止めてくれませんか。
武蔵で、いいよ。どうにも、堅苦しくて。
今はお客ではなく、一人の男として女将と接していたいんですが。」と、答えた。
「そうですわね、わたくしもそう思っておりました。
それでは、わたくしのことも、女将ではなく光子とお呼びくださいな。
光り輝く女に育て!ということで、親が付けてくれました。」
「ほう、光り輝くねぇ。ピッタリだ、女将に。そ
れじゃ、光子さんと呼ぶことにしますか。」

「ところで社・・いえ、武蔵さんはどちらにご商談に行かれました?
もしも個々の旅館にお出でになられたのでしたら、失礼ですが間違いでございます。
組合の方にお出でにならなければ、皆警戒いたしますです。」
「うん。それは分かっているんだが、取りあえず市場調査らしきものをしてみたんだ。
そうですか、やはり、飛込みでは警戒されますか?」
「よろしければ、わたくしの方から組合に声をかけさせていただきますが。」
「そりゃ、助かる。しかし良いんですか?
一見の客だというのに、信用しても。」
「ほほほ・・。武蔵さんのお人柄は、わたくし、しっかりと見抜いておりますわ。
でなければ、わたくしがお迎えには参りません。
私生活は別と致しまして、事ご商売にかけましては、真摯なお方と推察しております。」
「そいつはお見逸れした。そうだな、客商売の光子さんだ。
眼力は、確かなものだろう。
しかし、‘私生活は別’とは、痛いところを衝かれました。」


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