昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~ (六十六) 六

2013-09-19 19:02:17 | 小説
(六)

浜に戻った小夜子は、深眠している武蔵の傍らに座った。
四泊五日の旅程を組むために、この二日ほど徹夜が続いた武蔵だ。

宿に着いてすぐの海は辛いとこぼした武蔵だ。
しかし小夜子は許さない。

「なによ、なによ。
そんな爺くさいこと、言わないの! ほら、海よ。

海がそこにあるのよ! いいわ、あたし一人で行く。
武蔵は、寝てなさい。」

本音だった。
疲れ果てていることは、武蔵の顔から生気が失われていることから、良く分かる。
小夜子もまた、疲れを感じてはいる。

長時間の列車旅は、小夜子にもきつかった。
初めての寝台列車は、小夜子に浅い眠りしか与えてはくれなかった。

“宿に着いたら、ひと眠りしなくちゃ。”

しかしそんな思いも、キラキラと光る青い海を見ては、
居ても立ってもいられなくなった小夜子だ。

膝小僧を抱いて、はるかな海に目をやる。
銀の食器が、大きなテーブルに並べられている。
それらの食器の上には、漁船だろうか数隻が穏やかにある。

「はあぁぁ……」

大きなため息を一つ吐いた。
哀しい筈がない小夜子の目から、突然に涙が。
ひと筋、またひと筋と流れた。

“なに、なに、どうして、涙なんか出るの? 
悲しい筈なんかないのに。こんなに幸せなのに、どうして涙が……”

どうしても止まらない。
溢れつづける涙、涙。
武蔵が眠りこけていることが、小夜子には救いだった。


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