昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (八) お帰りなさあい! お邪魔してるわよ

2015-01-10 11:06:26 | 小説
彼に、嫌も応もなかった。
やっと様になってきたところであり、面白さがわかりかけてきたところだ。
「良いですけど。何処で、ですか?」
「場所の心配はないの。私のマンション、フローリングなのよ。
時々、サークル仲間と練習してるの。じゃ、善は急げね」

耀子のマンションは、歩いて五分程度の場所にあった。
二十階建ての高層ビルで、十七階に居を構えていた。
道々話を聞くと、実家は医者だということだった。
一人娘であることから、いずれは養子を迎えるらしい。
現在、実家の方で話が進んでいるらしかった。

すべて親任せの結婚話ということに、彼は違和感を覚えるのだが、耀子はまるで意に介していないようだった。
「大事な一人娘に、変な男をくっつける筈がないじゃない」
彼の疑問は、その一言で片づけられてしまった。
「大学生活を、思いっきりエンジョイするのよ。好きなように、させてもらうわ」
耀子は満面に笑みを浮かべて、彼を部屋に招き入れた。

ドアを開けるや否や、驚いたことに
「お帰りなさあい! お邪魔してるわよ」
と、のぶこの声が飛び込んできた。
「なぁに、また来てるの。どうしたの、今日は。また、彼と喧嘩なの?」
耀子は、”上がんなさい”と彼に目配せをすると、乱雑に靴を脱いでサッサと中に入り込んだ。
彼は声を出すことなく、放置されたままの靴を揃えてから床に足を乗せた。

「それがねえ、ひどいのよ、彼。時間に遅れちゃうと思って、急いで駆けつけたの。
電車じゃダメだから、タクシーなんか捕まえて。ところが、待てどぉ暮らせど、来ないの」
彼には信じられない口調だった。
声色は、確かにのぶこなのだ。甲高い声は、紛れもなくのぶこなのだ。
しかし、その語り口が全くの別人だった。抑揚の激しい言葉なのだ。
彼の知る、理知的なのぶこではなかった。


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