昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (四百五十)

2024-11-19 08:00:40 | 物語り

 ひととおり回りきってしまうと、小夜子の日常に空いたじかんが増えはじめた。
毎回まいかい小夜子が同伴するわけにもかない。
ときに新規開拓のためのお供を、とたのまれることはあった。
服部から全営業にたいして「新規営業開拓においては、社長を同伴するように」と指示がだされていた。

社員に否はない。ありがたい話なのだ。商談がスムーズにいきやすい。
小夜子に気を取られた相手が、当の営業との話を上の空で聞いていたということが多々あった。
ただ、契約後に「すこし値引きしてくれ」という依頼があったりはする。
初回はやむをえぬこととして、「次回からは値を下げますから」で、シャンシャンとする。
苦笑いをしつつも、「もうかったな、そいつは」と服部も苦わらいだ。

 トラブル処理についても然りだった。
「どうしてくれるんだ!」と怒鳴りつける客も、小夜子に頭を下げられると「次回からは気をつけるように」と、軽い小言ですませてくれる。
さらには持参したはずの詫びの生菓子を、その場で提供してくれる。
そして小夜子ひとり残り、談笑していくのが常だった。

 広告塔としてのおのれの役割に不満はない。
どころか「業績アップに繋がります」と社員たちに感謝されては、おのずと足どりも軽くなる。
「愛想をふりまく女」は良しとしても、「まるで米つきバッタだ」とライバル会社から揶揄されていることが小夜子の耳にはいってきては、堪忍袋の緒がきれた。
これは小夜子が目指す[あたらしい女]ではない。
「New management by new women」
 ひそかに思いつづけたスローガンが壊れてしまった。

外回りをやめたとたんに、小夜子の仕事がなくなってしまった。
ときおり訪れる取引先と談笑するのが仕事になってしまった。
みな忙しく動きまわる中、なにかを手伝おうにも知識のない小夜子ではかえって時間がかかる。
足手まといになっていることに気付かされては、手を引かざるしかない。

 武蔵のまいにちからよほどの激務を考えていた小夜子だった。
月のうち10日ほどは出張にでている。
しかしそれ以外の日も、夜遅くなっての帰宅がある。
たしかに酒の匂いをさせて帰ってくるのが多い。
取引先との宴会もあるだろう、現に小夜子もそこに同席しているのだ。

だがどうにも、納得のいかない日々なのだ。
〝やっぱり浮気してたのね〟、〝なに、あの証文は〟と、腹立たしいことばかりだ。
といってこれを問いただしてみるわけにもいかないし、よしんば聞いてみたところで、誰もが口にするわけがない。
悶々とする日々を、社長室でおくるだけだった。



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