昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~ (五十五)の八

2013-03-11 21:27:05 | 小説

(八)

報告書提出以来、官吏さまとして奉られる日々を送る正三。
同僚は勿論のこと、直属の上司ですら敬語を使う。
認可を求めて日参する企業の役員たちは、最敬礼をせぬばかりの態度で接してくる。

まだ年の若い正三に対して、頭を下げに来る。
他の部署への陳情の折すら、わざわざ挨拶に来る。
それが、正三の後ろ盾である源之助に向けられているものだとしても、悪い気はしない。

その正三が、小夜子に詰られている。
然も公衆の面前で、容赦なく詰られている。
非が正三にあるとしても、少しの弁解も聞かぬ小夜子に対し、沸々と怒りが湧いてくる。

“そこまで言わなくてもいいじゃないか。
所詮、酒の上でのことじゃないか。
僕にしても、筆おろしが芸者ごときあばずれだったことは、慙愧に耐えないんだ。
傷口に塩をすり込まなくても……。”

小夜子は正三の言い訳を聞き入れる訳にはいかない。
もし今聞き入れてしまえば、小夜子自身が崩れてしまう
。武蔵をすでに受け入れている小夜子は、正三の不実を責める以外にない。

正三に罵詈雑言を浴びせ続ける小夜子。
正三の心に消えることのない傷を残すかも知れない、しかし小夜子もまた傷ついていく。
“こんな嫌な女なのです、小夜子は……”

今日の小夜子との再会は、正三にとって、ある意味最悪のものだったかもしれない。
人生に分岐点があるとすれば、今まさに、だ。

金色夜叉物語りでは貫一がお宮を足蹴にするけれども、今、正三が足蹴にされた。


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