昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(二十九)の五と六そして七

2012-02-12 13:21:22 | 小説



日曜の夜、小夜子は加藤夫妻と対峙した。
こんな事態を望んだわけではなかったが、武蔵の元に身を寄せる為には避けて通れぬことだった。

「短い間でしたが、本当にお世話になりました。
改めてお礼方々、ご挨拶に伺わせていただきます。」
畳に頭を擦り付けて、小夜子はお礼の言葉を述べた。
突然の小夜子の申し出に、加藤は驚くだけだった。
奥方は女の勘とでも言うべきか、小夜子の微妙な変化に気付いてはいた。

しかしまさか加藤家を辞することになるとは、思いも及ばなかった。
加藤よりの援助を懇願してくるもの、と考えていた。
「考え直さないかね。
都会での一人暮らしは、色々と問題が多い。
茂作さんだって、許さんだろうに。
第一、生計は成り立つのかね。
茂作さんからの仕送りを期待しているのなら、それは無理だよ。」
困惑顔で、加藤は小夜子に翻意を促した。

「そうですよ、小夜子さん。
宅の言う通りです、ご実家にお帰りになると言うのならまだしも・・。
でもまぁ、決心は固いみたいですね。」
奥方は口でこそ小夜子を引き留めるが、その目の中には“厄介払いが出来る”と、安堵の色が見えた。






「ご心配をおかけしまして、申し訳ありません。
でも一人暮らしと言いましても、会社の寮に入りますので。
学校に通いながら時間の空いた時に、事務のお手伝いをさせてもらうことになっております。
卒業後は、その会社で通訳のお仕事をさせて頂けることになりました。」
凛とした小夜子の態度に、加藤は驚いた。
上京し立てのおどおどとした態度が微塵もない。
それどころか、自信に満ちた表情を見せている。

“何があった、と言うのだ。
まさかとは思うが、正三君との間に何か約束事でもあるのか?”
加藤は小夜子の顔をまじまじと見つめながら、
「その、なんだ。
正三君とは、連絡を取り合っているのかね?」と、問い質した。

「いえ・・。正三さんには、まだお話をしていません。
それでお願いなのですが、もし手紙が届きましたら、この会社宛に転送して頂きたいのですが・・。」と、
武蔵に渡された名刺を、加藤の前に差し出した。

「なになに。
雑貨品卸業 株式会社富士商会 代表取締役 御手洗武蔵 この方が・・。
通訳とか言ったね?
貿易関係の仕事でもなさそうだが、どういうことかね?」

舐めるように名刺を見ながら、加藤は怪訝そうな表情を見せた。
“クラブの客だろうが、まさかパトロンではないだろうな・・”
“正三ではなく、この御手洗某にそそのかされたのか・・”
加藤の頭の中を、そんな思いが駆け巡った。
“年端も行かぬ小夜子を蹂躙するのか!”と、怒りの思いが昂じ始めた。







「小夜子ちゃん。
もう少し考えてみては、どうかね?その、なんだ・・。
どうも胡散臭さをだね、おじさんは感じ・・」
小夜子は加藤の声を遮るように、武蔵に教えられた通りに淀みなく答えた。

「GHQ相手のご商売をされています。
これからは、貿易品も手掛けられるとか、仰っています。
で、通訳が必要になるとかで・・。
後日に、社長がご挨拶に伺いたいと申しておりました。」

「まぁまぁ、そうなの。
GHQがお相手ならば、しっかりした会社なのね。
あなた、心配するような事じゃありませんわよ。
それは、良かったわ。」

奥方の言葉によって、やっと小夜子は解放された。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿