昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (十) お姉さんのところに来る? 

2015-03-13 08:46:22 | 小説
牧子はアパートの住人に対して、彼を従兄弟として紹介した。
彼の心の負担を軽減してやりたかったのだ。
彼が足繁く通うことで、まさかとは思うのだが、警察官としての立場を悪くしてはと考えたことも一因だった。
そして彼に対しても、
「お母さんには、“大学のお友だちの所で泊まってる”とでも言ってね。
そうそう、管理人のおばさんにも釘を刺しておいてね。
口が軽い人だからさ。あたしの所で泊まってるなんて、絶対言っちゃだめよ」
と、念を押した。
「わかった、そういうことにしておくよ。大丈夫、ダイジョーブ!」
と、おどけて答える彼だった。

「それとも、お姉さんのところに来る? 灯りの点いてるお部屋に帰りたいのよね、お姉さんとしては」
彼をのぞき込むようにして、冗談っぽく牧子が問いかけてきた。
思いもかけぬことに、なんと返事をして良いのか分からぬ彼だった。
“女性と一緒に住む? 結婚するってことか。お母さんに知られたら…”
「そ、それは…」
戸惑いを見せる彼に対し
「ごめん、ごめん。冗談が過ぎたわね」
と、彼を抱き寄せる牧子だった。

なぜ素直に、牧子の申し出を素直に受け入れなかったのか。
母親のことだけが理由だけではなかった。
「友人との共同生活を始めるから」と告げれば、それ以上の詮索はしない母親の筈だった。
彼に対して盲目的な愛情を捧げる母親が、彼の行動を縛る筈がなかった。

牧子との生活を始めることに何の支障も無い彼だったが、ためらいがあった。
いささか古風な彼にしてみれば、生活の全てを牧子に依存することに、抵抗感があった。
しかしそれとて、幾ばくかの食費を入れれば済むことだ。
漠然とした不安が彼の心の中にあり、打ち消すことができなかった。
牧子が年上だからということではなく、牧子に対する想いが薄らいだからでもない。
それどころか、牧子に対する想いは益々強まっていた。
彼に対する牧子の細やかな心遣いが、彼をして牧子に対する想いを強くさせた。
昨夜の、目くるめく快感は凄まじいものだった。
牧子に、翻弄された彼だった。


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