昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (九) どうして、そんなことに‥

2015-01-24 17:07:48 | 小説
(百七)

「笑えるはずがないじゃないか。
君がそんなに悩んでるのに、笑うことなんてできないよ。
でもどうして、そんなことに‥」

「そうなんだ、そうなんだよ。どうして俺が、この俺さまが。
女は、美人じゃない! 断言できる。
といってブスじゃないぜ、決してな。
ボディだって、並さ。ボン・キュッ・ボン、というわけじゃない。
俺ときたらよ、タッパはあるしガタイもしっかっりだ。
金だって、そこそこ自由になる金額を持ってる」

落ち着きを取り戻した吉田は、焦点の合わない目で空を見つめながら話し続けた。
「伯父さんに連れられて行ったキャバレーだったが、一週間、一週間だ、毎日通い詰めた。
源氏名が霧子って言うんだ。
俺の好きな、フランク永井の”霧子のタンゴ”だよ。
バッカヤローが、そんな名前付けるんじゃねえよ。

でな、やっとアフターにこぎつけたわけよ。
俺の行き付けのレストランパブを教えたんだ。
朝までやってる、食事のできるパブなんだ。
いや、すっぽかされなかった。
来たよ、ちゃんと。おみやげ付きでさ、子供連れ、それも二人だ。
そりゃ、驚いたよ。普通だったら、置いてくるよな」

「うん。そりゃまた、なんたて女だい」
「でな、あきれ返ってる俺に、『こういうことだから、帰るね』だぜ。
帰るね、って言われてもよ、俺としては困るんだ。
今ここで別れちまったらさ、次はどの面下げて逢えるってんだよ。
逢えるってんだよ‥」

吉田の口から嗚咽がもれて、もう声にならなかった。
彼としても、どう言葉を継げばいいか分からなかった。
どんな言葉を使えば吉田の話に入れるか、分からなかった。
じっと、吉田の次の言葉を待つしかなかった。

「すまん。結局、その店を出てラーメンを食った。
うまかったよ。餃子も、いけたな。
しかし子供たちがさ、すんごく可愛くて、いや顔立ちがってことじゃないんだ。
何だかしらんが、俺になついちゃって、なついちゃって。
母親じゃなくて、俺のラーメンを食べたがるんだよ。
いくら母親が言っても、『お兄ちゃんのがいい』なんてよ」
破顔一笑の吉田だった。これほどの笑顔は、見たことがなかった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿