昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛・地獄変 [父娘の哀情物語り] (四十六)

2010-12-30 23:57:05 | 小説
ここで、
老人の言葉は終わりました。
出席者の誰も、
一言も声を発しません。
静寂がこの場を取り仕切っております。

「お父さん、
又他所の家に上がり込んで。
だめですよ。
申し訳ありません、
みなさん。
お通夜の席をお騒がせ致しまして、
本当に申し訳ございません。」

清楚な顔立ちのご婦人です、
松坂慶子さんとは似ても似つかぬ顔立ちです。
と、
背筋をピンと伸ばして話しておられた老人だった筈です。
突如よろよろと立ち上がり、
そのご婦人の元に近寄られます。

「おぉ。
小夜子、
小夜子・・。
どこに居た、
どこに居た?
わしを一人にしないでおくれよ。」
弱々しい老人の声が、
耳に残ります。
「はい、はい。
お家に帰りましょうね。」
そしてその言葉と共に、
深々と頭を下げながら去って行かれました。

二人が去った後
「ふーっ。」と、
皆が一斉にため息を吐きます。
重く澱んだ空気が
部屋全体をおおっています。
タバコの煙があちこちから漂い始め、
開け放たれた窓から外へと流れ出ていきました。


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