昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~(九十二) 待ちわびる小夜子だが

2014-07-15 09:19:58 | 小説
(三)

その夜、武蔵の帰りを待ちわびる小夜子だが、中々武蔵は帰って来ない。

「遅いわねえ、武蔵は。会社はもう出たのよね? 
千勢、千勢。武蔵は確かに一時間も前に、会社を出たのよね? 
朝、何か言ってた? 寄り道するとか、なんとか」

イライラする気持ちを抑えきれずに、千勢に当り散らしてしまう。
身を小さくしながら、千勢が答える。

「はい。会社に電話しましたら、六時過ぎに会社を出られたと聞きました。
朝ですか? 特には、なにも。いつものように『行ってくるぞ』とだけでした」

「もう! どうして起こしてくれなかったの! 
旦那さまのお見送りをしない妻なんて、いないでしょうに!」

「申し訳ありません。旦那さまが『起こさなくていい』とおっしゃるものですから。
昨晩のご様子を旦那さまにお話しましたら、すごくご心配されていましたから」

「心配って、おかしいじゃないの! 
そんなに心配しているのなら、それこそ早く帰って来るべきでしょうが。
そうよ、武蔵は案外に冷たいのよね。千勢もそう思うでしょ!」

「いえ、そんなことは…」
決してここで、同調しない千勢だ。
武蔵を非難する言葉は、小夜子以外が口にすることはタブーだ。
烈火の如くに怒り出す小夜子だ。

「武蔵の悪口を言っていいのは、あたしだけなの!」
これが、常套句だ。

「旦那さまはお優しいお方ですから。
奥さまがお疲れのご様子なのをご存知で『起こしちゃいかんぞ』と、おっしゃられたので」
と、あくまで良き夫であると強調した。

途端に、小夜子の険しい表情が緩んだ。パッと、明るくなった。

「そうなの、そうなのよね。それが、武蔵なのよ。
あたしが、先ず一番なのよね。ふふ…」


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